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東方紅魔郷 〜 the Story of Scarlet Devil.

金須 宗太


<序章 赤より紅い夢>

 幻想郷は予想以上に騒がしい日々をおくっていた。
 謎の来訪者に夏の亡霊も戸惑ってるかの様に見えた。

 そんな全てが普通な夏。
 辺境は紅色の幻想に包まれた。

 ここは東の国の人里離れた山の中。
 博麗神社はそんな辺境にあった。

 この山は元々は人間は棲んでいない。今も多くは決して足を踏み入れない場所で、人々には幻想郷と呼ばれていた。
 幻想郷は今も相変わらず人間以外の生き物と、ほんの少しの人間が自由に闊歩していたのだった。

 外の世界の人々は文明開化に盲信した。人間は生活から闇の部分を積極的に排除しようとしていた。
 実はそれは宵闇に棲む生き物にとっても人間との干渉もなくお互いに気楽な環境だったのだった。

 それはある夏の日。音も無く、不穏な紅い妖霧が幻想郷を包み始めたのである。
 その霧は濃度がとても濃く日光を遮断してしまっているので、霧に覆われた幻想郷は夏だというのに肌寒い。
 それは、まるで幻想郷が日の光を嫌っているように見えたのだった。

 妖霧の中心地は、昼は常にぼんやり明るく、夜は月明かりでぼんやり明るかった。
 霧の中から見る満月はぼやけて数倍ににも膨れて見えるのだった。
 もしこの霧が人間の仕業だとすると、ベラドンナの花でもかじった人間であることは容易に想像できる。

 中心地には島があり、そこには人気を嫌った、とてもじゃないけど人間の住めないようなところに窓の少ない洋館が存在した。


 その昼も夜も無い館に、「彼女」は、いた。



<第一章 夢幻夜行絵巻 〜 Mystic Flier>

 博麗神社の巫女、博麗霊夢はおおよそ平穏な日々を送っていた。
 滅多に参拝客が訪れないこの神社は、退屈だったり退屈じゃなかったりして、楽しく暮らしているようだ。
 そんな夏の日、霊夢は少しばかり退屈以外していた。

「もー、なんなのかしら。日が当たらないと天気が晴れないじゃない」
 いつものように縁側でお茶を飲みながらぼやく。
 非常にのんびり屋な彼女は、いつも幻想郷の空を眺めながらお茶を飲んでいる。
 神社から見える景色が毎日変わるはずがないのだが、それでもこう濃い霧が出ていて視界がまったくないとなるとつまらないものらしい。

「……それにしても、本当ひどいわねこの霧。こんな変な紅い霧、どうせまたどこかの妖怪の仕業なんだろうけど…… このままじゃまずいわね」
 このままでは、霧は神社を越え人里に下りていってしまう。
 幻想郷が人々の生活に干渉してしまっては、幻想郷も人の手によって排除されてしまうだろう。

「こうなったら、原因を突き止めるのが巫女の仕事! なんとなくあっちの裏の湖が怪しいから、出かけてみよう!」
 霊夢は直感を頼りに湖の方向へ出発した。
 霊夢は妖霧が広がり始めたのが湖からだということは知らない筈である。湖の方が怪しいと思ったのは彼女の全くの勘であった。霊夢はとても勘が鋭いのである。

 神社を背にし夜空へと飛び立つ霊夢。夜空には大きな月が煌々と輝いていた。
 月は古代では「ツク」と読んだ。これは月そのものの姿と同時に「憑く」という意味を持っており、神や霊が宿る星として考えられてきた。そして今夜は満月。こんな夜には妖怪も騒ぎ出さずにはいられないだろう。

「気持ちいいわね。毎回、昼間に出発して妖怪が少ないから夜に出てみたんだけど…… 暗くてどこに行っていいかわからないわ。でも…… 夜の境内裏はロマンティックね」
 どこに行っていいのかわからないのないなどと言うのだったら、夜に出発しなければよかったのではないか、と思ったかもしれない。しかし霊夢は、真面目に事件を解決する気はあるのだが、それでも暇つぶしの一環でしかないので、これでいいのである。
 それにしても、これから妖怪と戦わなければならないというのに、ロマンティックとはのんきなものである。

 湖から少し離れたこの神社の周りでも、霧がとても濃くて視界がほとんどない。
 霊夢は記憶をたよりに湖の方角と思われる方向へと飛んでみた。
 すると、間もなくして妖怪が眼前に現れ出した。
「早速妖怪のお出ましね! こういうのも久しぶりだから腕がなるわ」
 お札と陰陽玉を巧みに操り目の前に立ちふさがる妖怪たちをなぎ倒しつつ進んでいく。
 これまでにも事件が起こっては数々の強力な妖怪を退治してきた百戦錬磨の霊夢にとっては、この辺りに飛んでいる妖怪など敵ではない。
 この陰陽玉は博麗神社に伝わる宝玉で、非常に強力な霊力を秘めている玉である。これを博麗の血を引く者が使うと絶大な威力を発揮するのであった。
 久しぶりなので初めのうちは調子があまり出なかったが、彼女は次第に勘を取り戻していった。
 
 霊夢は妖怪をボコボコにするのが楽しくて目的も思わず忘れてしまいそうになっていが、その時、
「あら?」
 突然、心なしか闇が濃くなった気がした。
「気のせいかしら? 月はちゃんと出ているし」
 上空を仰ぎ月を確認してみたが、月が雲に覆われたせいで暗くなったわけではないようだ。
 そうとなれば、原因はきっと他にあるはず。
 すぐに月から視線を戻した霊夢は、原因を探ろうと周囲に目を凝らした。

 そのとき、視界の端に映るものがあった。
「何か来る!」
 濃い闇の向こうより何か魔法が飛んできたが、彼女はすばらしい反応でそれを避けた。
「いきなり暗くなったのはやっぱり妖怪のせいだったのね。でも暗くてどこにいるかよくわからないわ」
 暗闇の中から間欠的に魔法が飛んでくるが、暗闇の中にあっても霊夢は何故かそれを容易く避けていく。
「でも、見えなくても関係ない!」
 霊夢は陰陽玉を放つ。
 霊夢に敵の姿は見えなくとも、陰陽玉は相手の妖気を感じ取り自動的に相手へと向かって飛んでいく。陰陽玉にはそれほどの力があるのだった。
 
 陰陽玉が当たった確かな手ごたえを感じると、周りの暗さが元に戻った。
 その妖怪はどうやらすぐに逃げていったようである。
「意外と大したことなかったわね」
 暗さが戻ったといっても夜なので、暗いことには変わりはない。
 突然襲われたわけだが、霊夢は逃げていった妖怪を追うことはしなかった。進行の邪魔にさえならなければどうでもいいのだ。それに、夜の暗さとこの霧のせいでどこへ逃げていったのかわからなかったということもあった。

 その後も気の向くままに湖を目指して飛んでいく。
 しかし、なかなか湖は見えてこない。
 妖怪はそこらじゅうに飛んでいるので、その間にも霊夢は目の前に現れる妖怪たちを倒し続けている。
 だが、霊夢に言わせればどれもこれも、
「雑魚ばっかね」
 だそうだ。

「もー、全然湖にたどりつかないわね。もしかしてわたし方向音痴?」
 いくら勘が良いからといって、なにもかもどうにかなるというわけではないらしい。
「やっぱり夜に出発したのは失敗だったかしら?」
 今更言う台詞ではない。

「そうね〜。お化けも出るし、たまんないわ」
 そこへ突然声がかけられた。
「そうねぇ。って、あんた誰?」
「さっき会ったじゃない。あんた、もしかして鳥目?」
 突然馴れ馴れしく話しかけてきたこの妖怪は、どうやら先程逃げていった妖怪みたいだ。名前はルーミアという。
「人は暗いところでは物が良く見えないのよ」
 突然妖怪が現れて話しかけてきたとしても、驚き慌てるような霊夢ではない。
「あら? 夜しか活動しない人も見たことある気がするわ」
 最近はそういう人間も多いようだ。
「それは取って食べたりしてもいいのよ」
「そーなのかー」
 巫女とは思えない物騒な発言である。
 知らない妖怪相手に普通に会話している霊夢も霊夢だが、ルーミアの方もなんとも緊張感のない妖怪である。
「で、邪魔なんですけど」
「目の前のが取って食べれる人類?」
 ルーミアはどうやら霊夢を食べる気らしい。両手を大きく広げて戦闘の構えをとった。
「良薬は口に苦し、って言葉知ってる?」
 身の程知らずな奴だな、と霊夢は思っていた。それに、頭が悪そうだからきっとことわざの意味もわからないだろう、とも。

「空を飛べる人間なんて珍しいわ。どんな味がするのかな」
 手を広げた妖怪から闇が広がっていく。二人の周りは深い暗闇に包まれた。
「どう? 鳥目のあなたにはつらいでしょ」
「私は鳥目じゃない」
 霊夢が本当に鳥目じゃないのかどうかは、神と霊夢のみぞ知るところである。
 あと、もしかしたら博麗神社の神主も知っているかもしれない。
「でも、あんたは鳥頭ね。さっきのを忘れたのかしら? 私には姿が見えなくても関係ないわ」
 そこでなんとなくルーミアの格好が気になった霊夢。
「それよりあんた、なんでそんな手を広げてるのよ」
「えへへ、格好いいでしょ。聖者は十字架に磔られました、っていってるように見える?」
「人類は十進法を採用しました、って見えるわ」
 やっぱり頭が悪いみたいだ。霊夢はそう確信した。
「減らず口をたたくのが好きな人間ね。行くよ!」

 闇の中から魔法が飛んでくる。
 ルーミアは闇を操る妖怪だ。ルーミアの周りは昼でも闇に包まれている。
 しかし、闇はうまく操れても他の魔法はそうでもないらしい。
 先程よりは確かに魔法の威力が上がっているが、それでも霊夢にとっては避けるのに何の問題もない。
「やっぱり鳥頭ね。そんなさっきと変わらない攻撃じゃ私には効かないわよ」
 そして容赦ない陰陽玉の一撃をルーミアに向けてたたき込む。

 それはルーミアにまともに直撃した。
「うぅ、いたいー」
 ルーミアはちょっと泣きそうになっている。
「こうなったら奥の手よ!」
「雑魚の台詞ね」
 まだ大したこともしていないのに奥の手もないだろう、と霊夢は思った。

 ルーミアはスペルカードを取り出した。
「ナイトバード!!」
 スペルカードを発動させたことによりルーミアに魔力が湧き上がってくる。
 そして、ルーミアは闇の中から無数の鳥を召喚して飛ばしてきた。
 それは形こそ鳥の形をしているが、その正体は魔力の塊である。当たると結構痛そうだ。
「奥の手というだけあって、これはまあまあきついわね」
 魔力の鳥は、暗い色をしていてこの深い闇の中では非常に見づらかった。
 それでも霊夢はなんとかそれを避けている。
 始めのうちは動きがそれほど良くなかった霊夢だったが、避けているうちにだんだんと調子が出て来たらしい。
「よし、なんだか調子が出てきたわ!」
 霊夢の避ける動きが良くなってきた。
 鳥の数は多くその間隔は狭いので、避けるのは難しいように見えるのだが、調子が出てきた霊夢にとってはどうってことないようだ。
 それどころか、わざとギリギリのところで避けるところを楽しんでいるようである。

「なんで当たらないのよー。人間のくせになんでこんなに強いのよ」
 奥の手の攻撃がことごとく相手の人間に避けられてしまうので、ルーミアはショックを受けている。
「あんたは妖怪のくせに弱いわね」
 対する霊夢は、もうすっかりいつもの余裕の表情である。
 相手の攻撃もすっかり見切ってしまったのでそろそろ終わらせることにした。
 そして霊夢は攻撃の薄いところを見つけ、その隙に、
「とどめよ!」
 強烈な一撃をあたえた。

 自分のスペルの制御に必死なルーミアは、回避に割く余裕などなく、霊夢の放った陰陽玉はルーミアに直撃した。
「きゃーーー」
 ルーミアは落ちていった。
 スペルによる鳥の召喚も収まっている。霊夢の勝利だ。
 ルーミアの落ちていく様を身ながら、霊夢はつぶやいた。
「良薬っていっても、飲んでみなきゃわからないけどね。私を食べようなんて100年早いわ」

 ルーミアを倒すと、再び辺りは普通の暗さに戻った。
 そして視界を取り戻した霊夢の目の前には湖が広がっていた。
 戦っている間にいつのまにか湖の近くまで来ていたらしい。
「よかった。やっと湖が見えてきたわ」
 霧の向こうには、ぼんやりとだが島が見えた。
「あの島ね……」
 
 霊夢は湖にある島へと飛び続けた。



<第二章 湖上の魔精 〜 Water Magus>

 数少ない森の住人である普通の少女、霧雨魔理沙は普通に空を飛んでいた。
 いつのまにか霧で湖の全体が見渡せなくなっていたことに気づくと、勘の普通な少女は、『湖に浮かぶ島に何かがあるのでは?』と思ったのだった。
「普通、人間だって水のあるところに集落を造るしな」
 化け物も水がないと生きてけないのだろうと、実に人間らしい考え方である。

 魔理沙は幻想郷の森、通称魔法の森と呼ばれる森の中のこぢんまりとした家に一人で住んでいる普通の魔法使いである。
 魔法の森は人間が余り訪れることがない。魔理沙は研究に没頭している時は人がいない方がよいので、人間を寄せ付けない魔法の森は都合が良いのだ。
 しかし、人がいないのがいいのは研究に没頭している時だけで、普段はどちらかというとにぎやかな方が好きである。
 魔法使いというとインドアなイメージがあるが彼女は結構行動派である。収集癖を持っているので、何かを求めて出かけるということはよくあるようだ。あと、霊夢が大好物なので博麗神社にはよく遊びに行っている。

「そろそろあいつが動き出しそうだから、ちょっと見に行くか」
 魔理沙は何かめぼしい物が無いか探しに行くかのように出発した。
 むしろ探しに行ったのだった。

 魔理沙の下に広がるこの湖は、そこそこに大きい淡水湖である。
 今の季節は夏なので、普段であれば湖の周りには濃い緑色の木々が生い茂り、湖は白く輝き、とても美しい姿を見せてくれる。
 様々な種類の魚も住んでいるので、釣りでもしてみればきっと楽しいだろう。
 しかし残念ながら、今は紅い霧に覆われているのでその美しい姿は見ることができない。
 紅い霧の中に見えるのは、夜空に浮かぶ大きな紅い満月の月明かりだけだった。
 
「いい夜だぜ」
 魔理沙は箒に乗って空を飛ぶ。
 実は別に箒に乗らなくても飛ぶことは出来るのだが、それが魔女のスタイルだと信じているためわざわざ箒に乗るのだ。
 同様にして、それが魔女の正装だと信じているため、魔理沙は暑い夏だろうが黒ずくめの格好をしている。
 魔理沙は寒いのが苦手なのでそれでもいいのかもしれないが、見ている側からすればそれはかなり暑苦しい。
 そして頭にはトレードマークのいかにも魔女らしい大きなとんがり帽子をかぶっている。そんな普通の魔法使いである。

「島は確かこの辺だったような気がするが…… もしかして移動してるのか?」
 自分が迷っているとは考えないようである。
「それにしても…… おおよそ夏だぜ、なんでこんなに冷えるんだ?」
 湖のまわりは夏でも比較的涼しい場所ではある。それを踏まえてもいくら妖霧で日光が遮断されているとはいえ、少々寒すぎる気がした。
「ああ、半袖じゃ体に悪いぜ。早くお茶でも出してくれるお屋敷探さなきゃな」
 魔理沙は軽く身震いをした。

 その時である。
「もう二度と陸地には上がらせないよ!」
 妖精が急に目の前に飛び出してきた。小さな羽根を使い空を飛んでいる。
 妖精は何故か手に凍りついた蛙を持っていた。恐らく物を凍らせる能力でも持っているのだろう。
「お前だな、寒いのは」
 魔理沙も霊夢と同様に、突然の妖精の出現に慌てるような心など持ってはいなかった。
「暑いよりはいいでしょ」
 現れた妖精はいかにもいたずら好きそうなそんな表情をしている。
「寒い奴」
「それは何かちがう……」

「で、何の用だ?」
「言ったでしょ、二度と陸地には上がらせないって。あんたはここであたいにやられるのよ!」
「なんでだよ」
 偉そうにふんぞり返って言っているが、残念ながらこの妖精から威厳のようなものは全く感じられない。
 なぜだろう、この妖精からは小物のオーラがにじみ出ていた。
「なんでって? …うーん。人間は妖精にやられる運命なのよ!」
「だから、なんでだよ」
「え? んー……」
 妖精は考え込んでしまった。
「頭悪そうな奴だぜ」
 そういう魔理沙は口が悪い。

 先程の魔理沙の問いに対して考え込んでいた妖精だったが、魔理沙の言葉を聞くなり突然怒り出した。
「今、私のこと頭悪いって言った? バカにしたわね! もう許さない!」
「テンション高いなあ」
 寒いので対する魔理沙のテンションは最低である。
「あたいは氷を操る湖上の氷精チルノ! あんたを倒す妖精の名前よ!」
 ビシっと、魔理沙に指を突きつけ名乗ってきた。
 格好つけてはいるが、やはり威厳は微塵も感じられない。
「名前なんか聞いてないぜ」
 そしてあくまでも魔理沙のテンションは低い。
「自分を倒す奴の名前くらい知ってから倒されたい筈だから、倒す相手には名を名乗れって何かに書いてあったのよ!」
「マンガを読みすぎると頭が悪くなるぜ」
「あたいはバカじゃない!」
 チルノは手に持った蛙を投げ捨て襲い掛かってきた。

 チルノはつらら状の氷塊を作り出した。
 それはとても硬いつららで、尖端は鋭く尖り冷たく光り輝いている。
 それを一度に複数も作り出し、魔理沙へ向けて放ってきた。
 しかし迎え撃つ魔理沙は、つららが自分の方へ迫っているというのに気にしたそぶりも見せない。不敵に笑っているだけである。
「はん! あたいが怖くて動けもしないのかしら?」
「ああ、そうだな。怖すぎて動く気もおきないぜ」
 魔理沙は前へ向けて手をかざした。

 魔理沙の手のひらから一瞬輝きが走ったかと思うと、次の瞬間には魔理沙の目の前のつららは全て砕け散っていた。
 砕けた氷の破片が、紅い月の光を反射して紅く輝いている。
「なっ!」
「おお、破片が光って綺麗だぜ」

 魔理沙は普通の魔法使いである。なので、その武器はもちろん魔法だ。
 魔理沙はこう見えても実は努力家なので、その能力を高めようと日々努力している。
 逆に霊夢はものぐさなので、全く修行というようなことはしない。
 それなのに自分と変わらない、もしくはちょっと上の実力をだしてしまうので、魔理沙はそれを少し妬んでいる。

 魔理沙は強力な攻撃力を持った魔法を好む。より強い魔法を求めて魔導書を読み漁ったりもしているようだ。さらに、時には敵が使ってきた魔法でさえも良いと思ったものは自分のものにしてしまうので、魔法はいつでも術者オリジナルというわけではない。
 そして行き着いたのが、現代兵器で言うミサイルやレーザーのような魔法である。
 そのため威力は申し分ないのだが、魔法の範囲が狭く当たりづらいのが難点だ。
 
 その強力な魔理沙の魔法は硬いつららをものともせずに、砕き、溶かす。
「でかい口たたいた割には、たいしたことないぜ」
 氷の破片がきらきらと舞う中、魔理沙は余裕で涼しい顔をしている。
 でも気温は涼しいどころかとても寒い。
「運動にもならないから体が温まらないぜ」
 寒いので魔理沙はもう、早く終わらせたくなってきた。
「次はつららじゃなくてお前の番だ。寒い奴にはとっとと消えてもらうぜ」
 今度は狙いをチルノへ向けて手をかざす魔理沙。

 チルノはバカなので、あっさりと自分の攻撃が無効化されてしまったその実力差の重大さに気づかない。
 ただ自分の思い通りにいかなかったことに対して怒り狂っているだけである。
「あたいの実力をこの程度だと思ってもらっちゃ困るわ! 今のなんか、そう、ただのお遊びよ!!」
 そんなチルノは、今の攻撃でも少し魔力を消耗しているようだ。
「その割には、少し疲れてるみたいだが」
 魔理沙はそれを見逃さない。
「演技よ! 演技!!」
 チルノはかなりムキになっている。
「あたいの真の実力を見て、後で謝っても許してやらないんだからね!」
「ああ、わかったよ。寒いんだから何かあるなら早くしてくれ」

 チルノはスペルカードを取り出して言った。
「奥の手を見せてやるわ!」
「雑魚の台詞だな」
 カードを発動させるのを眺めながら、誰かと同じような言葉を吐く魔理沙であった。

「ダイヤモンドブリザード!!!」
 スペルを発動したチルノの周りに強力な冷気が集まってきているのがわかる。
 それは、周囲に漂っている空気中の水分を次々と氷へと変化させていく。みるみるうちにチルノの周りには小さな氷の塊が出来上がっていった。
 そして、それら無数の氷塊は魔理沙へと吹雪のように襲い掛かってきた。
 今度は、効果範囲の狭い魔理沙の魔法では対処しきれない。避けるしかなさそうである。
「やっと少しは体が動かせそうだぜ」

 その氷塊は一つ一つは小さな塊だが、何しろ数が多い。
 動きを一度捕らえられてしまえば、たちどころにやられてしまうだろう。
 それに、先程のつららとは比べ物にならないほど高い純度を持った氷塊である。
 まるで宝石のように透き通っていて、それらがとても高い冷気で作られていることがわかる。
「あたいを怒らせたのが間違いだったわね! 氷付けになるがいいわ!」
 チルノはもう勝った気でいるようだ。

 だが、魔理沙はその氷塊を避け続けている。
「少しは見直したが……」
 それも、ただ避けるだけでなく、わざとひきつけてギリギリを避けている。
 幻想郷の人間は相手の攻撃をギリギリで避けるのが好きなのだろうか。

「やっぱり、雑魚は雑魚だぜ」
 そのうち避けるのにも飽きた魔理沙は、一気にチルノへと詰め寄った。
「…っ!!」
「私に出会ったのが、間違いだったな」
 そして、至近距離からチルノへ魔法を放った。

 もちろんそれはチルノに直撃した。
 強力な魔理沙の魔法をこんな間近でくらっては、チルノのような弱い妖精にとってはひとたまりも無かった。
「まだやるかい?」
 そう問う魔理沙だが、チルノは明らかにもうやれる状態ではなかった。

「こ……」
「こ?」
「これで勝ったと思うなよぉ〜〜〜」
 捨て台詞を吐いて、チルノは一目散に逃げていった。

「逃げ方まで雑魚だったぜ」
 チルノが去った後、少しは気温も上がったようだが、下がった体温が急に温まるわけではない。
「ああ、早く暖かいお茶が飲みたいぜ」
 その時、魔理沙は遠くにふよふよと飛んでいる人影を見つけた。
「あのやる気のない飛び方は間違いなく霊夢だな。となると島はあっちか。よし、あいつについていこう」

 魔理沙は、霊夢を追って湖にある島へと向かった。



<第三章 紅色の境 〜 Scarlet Land>

 霊夢は湖の島へと降り立った。
「やっぱり、この島は特に霧が濃いみたいね。この島に原因があるのは間違いないわ」
 自分の直感を確信した霊夢。辺りを見渡すが、見えるのは紅い霧だけ。
「さて、どっちへ行ったらいいものか」

 湖に浮かぶ名もなき島。
 この島は、湖の島とはいえそんなに小さい島ではない。
 だが、特に何か特別なものがあるというわけではなく、それに、何故かはわからないが人を寄せ付けない雰囲気を放っているので、この島に人が訪れるようなことはほとんどない。

 そんな島に、今日は二人目の来訪者が現れた。
 霊夢の近くに箒に乗って降り立ったその黒い人影は、もちろん魔理沙である。。
「あら、魔理沙。あんたも来たのね」
 霊夢は魔理沙の方を振り返り挨拶をかわす。
「お前だけに面白そうなことを独り占めはさせないぜ」
 そう言って、ニヤリと笑う魔理沙。

「ところで魔理沙」
 霊夢がたずねる。
「どっちへ行ったらいいと思う?」
 魔理沙は、そんなこと聞くなよ、という顔をしながら。
「私が知ってるわけないだろ。お前の勘でなんとかしろよ」
「そうね、そのうち着くでしょ」
 どうでもよさそうに答える霊夢だった。

 そうして、霊夢の勘をもとに適当に二人は歩き始めた。
 敵の本拠地に近づいても緊張感のまったくない二人であった。

   *   *   *

 窓の極端に少ない洋館の一室。
 薄暗い部屋の中、一人の少女がくつろいでいる。
 手にはティーカップを持っている。だが、そこに注がれているのは紅茶ではなく、もっと色の濃い液体であった。そう、それはまるで人間の……

 少女の隣には、メイドが一人控えている。
 その様子やまとっている雰囲気から、この少女が館の主人であるようだが、それにしてはこの少女は幼すぎるように見えた。
「咲夜」
 咲夜と呼ばれたメイドは、主人の方へ向き直る。
「なんでしょうか、お嬢様」
「誰かこの島に入ってきてるみたいよ。人間が二人ね。この霧を止めようと、私を倒しにでも来たのかしら」
 口の端を引き上げニタリとする少女。その表情は、命知らずな人間どもね、とでも言いたそうだ。
「こんなところに来るなんて、酔狂な人間もいたものですね」
「この館に向かってきているようだけど…… 紅魔館に客人は必要ないわ。すぐにお帰り願おうかしら」
 咲夜はその言葉にうなずく。
「そうですね。すぐに番人を向かわせましょう」
 咲夜は他のメイドを呼び、門番を向かわせるよう申し付けた。

「ところで咲夜」
「はい」
 少女は、怪訝そうな表情をしながら聞いた。
「どうして、あんなのがこの館の門番をしているのかしら?」
「いや、それは……」
 咲夜は答えにくそうだ。
「ああ見えても、根性だけはあるんですよあの門番。雇ってから逃げ出さなかったのはあれだけです」
 咲夜は精一杯のフォローのつもりだが、あまりフォローになっていない。
「つまり、他にいなかったのね」
 少女の呆れながらも冷たい視線が突き刺さり、咲夜は少しうろたえた。
「ま、まあ。いないよりはマシですわ」
「そうかしら……」
 
   *   *   *

 ここで、場面は再び霊夢と魔理沙へ。
 その頃、二人は戦っていた。
「妖怪が多い島だな」
「何でいきなりこんなに出てきたのよ」
 二人が島を突き進んでいると、ある場所が境だったように突然妖怪がたくさん現れ出したのだった。
「まあ、普通に考えると、ボスの居所が近いから妖怪をたくさん配置しておいたってところだろうな」
「やっぱり道はあっていたのね。さすがだわ、私」

 様々な妖怪たちが、次から次へと現れてくる。
 体力がありなかなか倒れない妖怪には、強力な魔理沙の魔法で、動きが速く魔理沙の魔法がなかなか当たらないような妖怪には、霊夢の陰陽玉が追跡して倒している。
 なんだかんだ言っていいコンビのふたりである。
 この程度の妖怪ではこの二人にかかっては数は問題ではなく、数が多いということはただ全滅させるのに時間がかかるということだけであった。
 その場の妖怪の数は、すぐに減ってきた。

「どれもこれも個性のない奴らねえ」
 目の前の妖怪達を見ながら霊夢は言った。
「これはきっと、誰かが作り出した妖怪なんだよ。これだけの数を一体一体こだわって作る奴はいないさ」
 普段から結構魔導書を読んでいるので、意外と物知りな魔理沙が答える。
「へぇ、そうなの。詳しいわねあんた」
「私も一応魔法使いだからな」
 霊夢は自分から言い出した割にどうでもよさそうだった。

 会話の間も二人は敵を倒し続けていた。
「これで終わりだ」
 魔理沙の魔法が最後の妖怪を捉えた。
 見える範囲に動くものはなくなり、全ての妖怪を倒し終わったと思ったが、最後の妖怪が消滅したと同時に二人の足元にクナイが突き刺さった。
「これ以上、先へは行かせない」
 人型の妖怪が現れた。
「やっと個性のある奴が出てきたわね」
 かなりの数の妖怪と戦った後だったが、二人は疲れたどころか、さらにやる気がでている様子である。

「私は紅魔館の門番、紅美鈴。命に代えてもあんた達を追い返してみせるわ」
 美鈴という名のその妖怪は、紅魔館という洋館の門番であるにも関わらず中華風の格好をしている。緑色のチャイナ服のようなものを着ていて、頭には同じ緑色の中華帽をかぶっている。そしてその身のこなしから、何か武術を使えることが伺える。
 武術をやっているせいかどうなのか、スラリとしたいいプロポーションをしていた。チャイナ服のスリットからは肉付きの良い脚が覗いている。さらには、胸がかなり大きかった。

 それを見た霊夢は、何かが気に食わないらしく、
「なんかムカつくわ、あいつ」
 理不尽にキレ始めていた。
「何だ、胸で負けてるのが悔しいのか? お前、胸ないからなー」
 そういう霊夢を見ると、茶化さずにはいられない魔理沙だった。いい性格とはいえない。
「あんたよりはあるわよ! あんたなんか、ついでに幼児体型じゃないの」
 霊夢は意外と体型のことを気にしていたようである。
「ない方がいいって、香霖が言ってたぜ」
 一方、魔理沙は体型のことにはあまり興味がない。
「あいつの言うことなんかどうでもいいわ。あの変態」
 普段かなり霖之助にお世話になっているというのに、酷い言いようである。

「私を無視するな!」
 美鈴のことを置いてすっかり話し込んでいた霊夢と魔理沙であった。
「ああ、そうだったわね。お望みどおりすぐ殺してあげるわ」
 しかしそのおかげですっかり殺る気十分な霊夢。言うと同時にいきなり陰陽玉を放った。
「うわっ!」
 しかし美鈴は、独特な移動法でそれを避けた。とても鋭い踏み込みで、まるで瞬間移動したかのようだった。
 移動した瞬間、踏み込みにより衝撃波が見えたような気がした。中国武術の震脚と呼ばれるものであろう。陰陽玉でさえその動きを負いきることが出来なかった。
「へぇ、思ったよりやるじゃないの」
「苦労してるからね。逃げるのは得意なのよ」
 逃げるのが得意だというのは、ちょっと情けなかった。

「まったく、人間だってのになんて奴らだ。今度はこっちからいくぞ!」
 美鈴はクナイを放ってきた。
 それは放射状に、一度に広範囲にわたって飛んでくる。
 霊夢はそれを避けつつ再び陰陽玉を放ったが、また美鈴に避けられてしまった。
 美鈴はその独特な移動法で高速移動しながらクナイを放ってくる。
 移動しながらなので、クナイはいろいろな方向から飛んできた。

「私もいるってことを、忘れられちゃ困るな」
 しかし、こちらには実力者が二人もいるのであった。
 魔理沙の攻撃も加わっては、さすがに避けきることはできないようである。
 ついに霊夢の陰陽玉が、美鈴を捉えた。
「くっ!」
 しかし、なんとか防御したらしく、ダメージは少し浅かったようだ。
 すぐに体勢を立て直した美鈴は、一度間合いを取った。
「このままじゃ分が悪い。一旦逃げるぞ!」
「逃がすぜ」
 美鈴は、妖怪をたくさん召喚して逃げていった。
「ちょっと魔理沙! なんで逃がしてんのよ」
「何もないところには逃げないだろ。道案内してもらおうぜ」

 美鈴によって召喚された妖怪は、先程の妖怪たちと同じような強さだった。
 問題なく倒しながら二人は美鈴を追っていく。
「前から思っていたんだが」
 倒しながら語りかける魔理沙。
「お前の攻撃はなんていうか卑怯だよな。狙っていなくても当たっていくなんて、どうなってんだよその玉」
「サイコミュよ」
 なんだかよくわからない単語を即答する霊夢。
「はぁ?」
「何よ、ガンダム知らないの? 信じられないわ」
「アニメばっか見てると頭が悪くなるぜ」
 魔理沙はすっかり呆れ顔だ。
「あら、アニメは文化よ」

 そうこうしているうちに、美鈴に追いついた。
 その場所には、一面に紅い花が広がっていた。
 それは明らかに人の手で整備されたものであり、どうやらここは館の庭園のようである。
「綺麗ね」
「紅い花ばっかりで悪趣味だぜ」
 花の種類は数あるのだが、どれもこれもが皆、紅い花なのであった。

 そしてその庭園の向こうには、紅い屋敷が見える。きっとあれが問題の館に違いない。
「道案内ありがと〜」
「そうか! しまったー!」
 庭園にて再び二人の前に立ちふさがる美鈴は、今度は妖怪を引き連れていた。
「これ以上へまをしたら私の命が危ない…… 絶対にここでお前達を追い返す!」
 そして、今度はその妖怪たちと連携して攻撃してきた。
「中国のくせに、ちょっとは考えたな」
「中国って言うな!」
「お前なんか中国で十分だぜ」

 中国のクナイは、まるで機関銃のような勢いである。
 それとは別に妖怪の魔法が飛んでくるので、この二人でもちょっと避けるのが大変そうだ。
「当たりなさいよっ!」
 霊夢は陰陽玉を放つが、やはり中国にはそれは避けられてしまうのだった。
 中国の攻撃を避けるのはできるのだが、こちらの攻撃が当たらないのであれば解決にはならない。

「おい霊夢。胸がでかいのが気に入らないからって、そいつばっかり狙うなよ」
「そんなわけじゃないわよ!」
 果たして本当にそうなのだろうか。
「先にまわりの妖怪を倒してしまおうぜ」
「そ、そうね」
 中国のまわりの妖怪はたいした強さではなかった。中国のような動きができるはずもなく、魔理沙の魔法でも容易に当てることが出来た。
 そして間もなく二人は周りの妖怪を倒しつくした。これでさっきと条件は同じである。
「しまった!」
 こうなれば、二人の勝利はもう見えていた。
「さあ、そろそろ終わりかしらね」
「くそっ、まだだ!」
 そこで中国は、なんと肉弾戦を挑んできた。
 一気に魔理沙へ間合いを詰め、飛び蹴りを放ってくる。

「うおっ」
 魔理沙は箒で飛び上がり、辛くもそれを避けた。
 間髪をいれず、中国は今度は霊夢へと蹴りを放つ。
「くらえっ」
 霊夢は、なんとひらりと身をかわしてそれを避けた。
「えっ?」
 巫女にそんな動きが出来るとは思っていなかったので驚いた中国であったが、すぐに気を取り直し、続けて拳や蹴りを次々と叩き込んでくる。
 二人は至近距離で戦っているので、今魔法を放っては霊夢に当たってしまうかもしれないから魔理沙は見ていることしかできない。 だが霊夢は中国の攻撃を流れるような動きで捌き続けていた。
「お前、そんなことも出来たんだな」
 魔理沙は素直に感心していた。
「巫女をなめるんじゃないわよっ!」
 中国の蹴りを弾き、相手がバランスを崩したところへ霊夢は当身をくらわせた。

 中国は吹っ飛ばされたが、すぐに体勢を立て直す。
 まさか巫女相手に対術で負けるとは思っていなかったので、かなり焦っていた。
「あんたは、一体何者なのよ」
「ただのどこにでもいる巫女よ」
 巫女はどこにでもいないし、ましてや空など飛ばない。
「ここで負けたらお嬢様に何をされるかわからない…… こうなったら、もうスペルを使うしかないわね!」

 また間合いをとった中国は、スペルカードを取り出してそれを高々と掲げた。
 すると、一瞬強い光が発せられ、次の瞬間大きな爆発が起こった。

 どんなスペルを使ってくるものかと身構える霊夢。
 しばらく様子をみていたのだが、一向に何かが起こる気配が無い。
 そして爆発で起こった土煙も収まった後、よく見ると中国はさっきの爆発で吹っ飛んでいた。ずっと上で狙っていた魔理沙の魔法が炸裂したのであった。
「美味しいところをいただきだぜ」

 吹っ飛んだ中国は、ピクピクと痙攣している。
「あ、あれ? 私…… スペル使わせてもらえないの……?」
 中国にはもはや立ち上がる力は残されていなかった。
「ああ……今月の給料が……しくしく……」

「おい、なんかぶつぶつ言いながら泣いてるぞ、こいつ」
「そんな奴放っておきなさいよ。それよりちゃっちゃと、あのお屋敷に行きましょ」



<第四章 暗闇の館 〜 Save the mind>

 中国を倒し、とうとう問題の館へとたどり着いた霊夢と魔理沙。
 この館は、まるで日光を嫌っているかのように窓が極端に少ない。
 そして、窓も壁もすべてが紅かった。それはこの霧よりももっと濃く、暗い紅。

 霊夢が扉を押すと、それはギシギシと年季を感じさせる音をたてながら開いていった。
 恐らく、自分達が館に近づいているということは気づかれているのだと思うが、扉には鍵はかけられていないし罠も無かった。
「もう逃げた後なんじゃないか?」
「まさか」
 二人は館の中へと入った。

 扉の先にはロビーが広がっていた。ロビーには高価そうな美術品や調度品が飾られている。
 広いロビーであるが、とてもよく掃除が行き届いている。
 そして、壁も床もやはり紅かった。
「これだけ紅ばっかりな館に住んでるんだから、きっと落ち着きのない奴に違いないわ」
「これだけ薄暗い部屋なんだ。きっと陰気臭い奴がいるに違いないぜ」
 二人の言うことは、いまいちかみ合わない。
 だが、実は二人の言ったことはどちらも正しいのであった。

「……誰もいないわね」
「この家は、客人に対して出迎えもないのか?」
 館の中に入っても、罠があるどころか誰も出てくる気配がないのであった。本当に逃げ出してしまったのだろうか。
「さて、どっちに行こうかしらね」
 館に入っても相変わらずどっちへ行っていったらいいかわからない二人であった。
「まあ、適当に部屋調べていくしかないんじゃないか?」
「また、適当に行くしかないのね……」

 そして二人はまずは一階を探索し始めた。近い部屋から順番に調べていく。
 その途中、薄暗い廊下を歩いているときである、
『バサバサッ』
 と、急に物音がし、霊夢は思わずビクッと反応してしまった。
 それを見た魔理沙がニヤニヤしているが、霊夢はそれを無視した。
 物音の正体は、コウモリの羽音だった。
「なんで家の中にコウモリなんかがいるのよ」
 その霊夢の声には、驚かされたことに対する怒りの響きが少なからずあった。
「飼ってるんじゃないのか?」
「コウモリを? 正気を疑うわね」
「こんな家に住んでて、こんな霧を出すような奴だぜ? 正気じゃないさ」
 二人は部屋を一つずつ調べてみたが、ある部屋はサロンだったり、またある部屋は厨房だったりと、まだ館の主人を見つけられないでいる。それどころか、出会うのがコウモリだけというのはどういうことだろう。

 そして一階の部屋も残り少なくなってきたとき、扉からして他の部屋と比べると明らかに異なって立派な部屋を見つけた。
「ここが、怪しいわね」
「ああ、とうとう親玉の登場かな」
 霊夢は扉に手をかけた。
「行くわよ」
 そして、扉を開いた。

 中に入ると、そこは一面本の世界だった。とても広い部屋だ。この部屋の広さは、外から見たこの館の大きさから考えて明らかにおかしいほど広かった。
 背丈の何倍もの高さの本棚が部屋のどこまでも続いていて、その本棚の全てに本がぎっしりと詰まっている。
 ここは図書館なのだろう。それも大規模の。
「ここはどう見ても図書館ね。ここも違うわ、次行くわよ」
「なあ、この部屋ちょっと調べていこうぜ。面白そうな本がたくさんありそうだ」
 魔理沙はとてもウキウキしている。その瞳はまるでキラキラと輝いているようだった。
「面白そうって…… あんた何しに来たのよ」
「私は面白そうなものを探しに来たんだぜ」
 魔理沙は、しれっとした顔で言った。
「そうね、あんたはそういう奴だったわね。でも、あいにく私はこの異変を止めるためにここに来てるのよ。寄り道しないで先を急ぐわよ」
 しかし魔理沙はどうしても本を見ていきたいらしく、まだ食い下がる。
「まあ待てよ、この部屋にはちょっと魔力を感じるだろ? もしかしたら、館のご主人様が何か調べもの中なのかもしれないぜ」
 霊夢も確かに魔力を感じてはいたのだが、今この時に館の主人が呑気に調べ物をしているとはどう考えてもないと思った。
 しかし魔理沙はもう何を言っても聞かなそうなので、霊夢は仕方なく付き合ってやることにした。
「はあ…… まあ、いいわ。ちょっと調べたらすぐ行くわよ」
 別に、魔理沙を置いて先に行ってもいいのだが、それほど急がなければいけないわけでもないだろう。
 霊夢が調べることを許可すると、魔理沙は嬉々として走って行ってしまった。
 霊夢も何もしないのは暇なので、少しうろついて近くにある本を見てみることにした。

 この図書館もやはり薄暗い。
 日光が当たると本が傷んでしまうのでその点はいいかもしれないが、こんな部屋で本を読んでいたら目が悪くなってしまうだろう。
 ここにはとにかく色々な本がある。世の中の全ての本があるのではないかと思うくらいだ。部屋の雰囲気から、錬金術や薬草学の本など魔術に関係ありそうな本しか置いていないように感じたが、よく見ると料理の本や家庭の医学なんて本もあったりして、非常にジャンルは雑多である。この節分に関する本など、何の役に立つのだろうか。
 手持ち無沙汰なので霊夢は近くにあった一冊の本を手にとってみた。

「これは何の本なのかしら。本というよりノートのようだけれど」
 霊夢の目に止まったものは、黒い色のノートだった。
 分厚い本に挟まれて、一冊だけその本は薄いものだった。
「日記とかだったら面白そうね」
 ぺらぺらとページをめくってみたが、その中身はよくわからないものだった。どのページにも人の名前がたくさん書いてあるだけである。名前だけでなく、共に日時と交通事故やら心臓麻痺やら物騒なことも書いてある。ところどころ名前しか書いてないところもあった。
「何なのよこのノート、穏やかじゃないわね。人の死因のリストかしら? 一体何に使ったものなのかしらね」
 霊夢がそのままそのノートをめくり続けていた時である。
 突然、霊夢に声がかけられた――――
 
「おーい、霊夢」
 魔理沙が呼んでいる。
 霊夢はそのよくわからないノートを元の場所に戻して声のした方へと向かった。
 霊夢が手に取った黒いノートは、お察しの通り有名なあのノートだったのだが、幻想郷の死神はサボっていたので霊夢の元に現れることはなかったのだ。と、いうのは余談である。

「なによ、何か見つかったの?」
 魔理沙の呼んだ場所に着いた霊夢だったが、そこには何も変わったものは見当たらなかった。
「見てみろよ」
 魔理沙はそこにある本棚を指差す。
「すごいぜこの一角は。貴重なグリモワールがいっぱいだぜ」
 魔理沙は本当にすごいことのように語っているが、霊夢には何がすごいのか全くわからなかった。
「グリモワールって何よ」
「魔導書のことだぜ。魔法の奥義がこれには書かれているんだ」
 内容を聞いても霊夢には何がすごいのか全くわからなかったし、正直どうでもよかった。
「おお! これもすごいぜ」
 魔理沙は本をとっかえひっかえめくりながらはしゃいでいる。
「ここに来て正解だったぜ。あとでさっくり持って帰ろ」

「本を持っていかないで」
 その時、後ろから声をかけられた。
「こんなにあるんだから、ちょっとくらいいいだろ」
「だめ」
 現れたのは小悪魔だった。
 頭には小さな角がついていて、可愛らしい。
 本の整理中だった様子で、大きな本をいかにも重たそうに抱えている。
「ほら魔理沙。大人しく本を戻してあげなさい。そしてさっさと次の部屋いくわよ」
「ちぇっ、わかったよ」
 このままだとこの小悪魔と面倒なことになりそうだったので、魔理沙はしぶしぶ本を棚へ戻した。
 しかし心の中では、今度こっそり忍び込んで本を持ち出す算段を練っていた。
「本は戻したぜ。これでいいだろ? 仕方ない。次の部屋へ行こうぜ霊夢」
 二人はそのまま何も無かったかのように図書館の入り口へ引き返そうとしたが、小悪魔はまだなにか言いたそうに二人の前へと回り込んできた。
 
「待って」
「なんだよ、まだ何かあるのか? 本はちゃんと戻したぜ」
「どろぼうはやっつける」
 小悪魔は言葉足らずな話し方をする。
「何も取ってないだろ」
「どろぼうはみんなそう言う」
 魔理沙は押し切ろうとしたが、無駄だったようだ。
「はぁ……」
 霊夢の口からは思わずため息がもれた。
 やっぱり魔理沙を置いて先へ行けばよかったと後悔していた。

 小悪魔は、攻撃してくる前に律儀にも手に持っていた本を丁寧に置いた。それがなんだか可愛かった。
「なんか気が抜けるなあ」
「かくご」
 本を置き終わるなり早速魔法を放ってくる子悪魔。
 体は小さいながらも、さすがに悪魔というだけあってかなりの魔力を持っているようだ。小悪魔の放ってきた魔法は巨大な光弾となって二人を襲う。
「部屋の中でこんな魔法使ってくるなんて、見掛けによらず過激な奴だぜ」
 だが部屋の中とはいっても、この図書館は異常なほど広いので避ける場所には困らない。
「すばやい」
 表情がほとんど変わらないので窺いにくいのだが、攻撃を避けられて少し頭にきているように見えた。
 小悪魔の光弾はかなり大きいものではあるが、速度はあまりないのでこの二人には簡単に避けられてしまうのだ。

「お前と遊んでいる暇はないんだぜ」
 魔理沙は反撃に魔法を放った。
 霊夢は、『本を物色している暇はあるのにね』と、心の中で思っていた。
 しかし小悪魔もやるもので、魔理沙の魔法を避けた。
 
 だが、その避けた拍子に勢いあまって本棚に激突してしまった。
 本棚が一度大きくぐらついたかと思うと、次の瞬間、ドサドサと大きな音をたてて大量の本が落ちてくる。
 そして小悪魔は、その本の山につぶされて完全に埋まってしまった。
「きゅう」
 小悪魔はすっかり目を回してしまっている。
「ドジな奴だぜ」
 小悪魔を倒し、今度こそ部屋から立ち去ろうとした二人だったが、その時、

 今の本の物音で気づいたのか、奥の方からいかにも面倒くさそうに一人の少女が出てきた。
「そこの紅白と黒いの! 私の書斎で暴れないでちょうだい」
 髪が長く、色白で無表情なその様子はまるで西洋人形のようだ。服や髪にリボンが複数ついているのが、さらにその雰囲気を強めているのかもしれない。
「書斎?」
 書斎と呼ぶには、あまりにもこの部屋は広かった。
「この館は、外から見たときこんなに広くなかったと思うんだが、どうなってるんだ?」
 魔理沙が尋ねた。
 この館は、確かに大きい館ではあるのだが、この書斎の大きさは明らかにそれを超えるものであった。
「家には、空間をいじるのが好きな人がいるのよ」
「変な奴がいるのね。それにしても、こんな暗い部屋で本なんか読めるの?」
「私はあなたみたいに鳥目じゃないわ」
「だからー、私は鳥目じゃないって」
 なぜみんなで自分のことを鳥目というのか、霊夢は何かを呪いたい気分だった。

「ってそうじゃなくて。あなたがここのご主人?」
 今回は、感情に流されずに霊夢は話を本題に戻した。
「私はパチュリー・ノーレッジ。この館の主人の、まあ友人よ。お嬢様に何の用?」
「霧の出しすぎで、困る」
 実にシンプルに答える霊夢。
「じゃあ、お嬢様には絶対会わせられないわ」
 今ので通じたらしい。いや、もとから会わせる気がなかっただけか。
 パチュリーは手に持っていた本を開き、呪文を唱え始めた。
「気をつけろよ霊夢。あいつのつけてるリボンはただの飾りじゃなくて、多分魔力を高めるためのものだぜ」
 また物知り魔理沙の発動である。
 
「さあ、焼き払ってあげるわ」
 パチュリーの呪文が完成した。パチュリーを中心として、数本のレーザーが放射状に放たれる。
 そのレーザーは一本一本がかなりの太さであり、スペルカードも使わずにこんな魔法を唱えられるとは、やはりこの少女の魔力はかなりのもののようである。
「でも、レーザーなんてものは魔理沙ので慣れてるのよ」
 霊夢と魔理沙は、たまに二人で弾幕ごっこもやっているらしい。魔理沙もよくレーザーを使うので、その弾幕ごっこの経験からレーザーを避けるのは慣れているというのだ。

 避けた霊夢のすぐ近くをレーザーが通っていく。肌にレーザーの熱が感じられる。
「って、ええ?!」
 レーザーを避けてすぐに止まるのではなく、そのまま移動し続けていたはずなのに、いつまでもレーザーは霊夢のすぐ隣にあった。レーザーが追ってきているのだ。
「まっすぐ飛んでくるだけだとでも思ったのかしら?」
 なんとパチュリーは、その数本のレーザーの照射を保ちつつ、そのままそれを回転させてきたのであった。魔理沙にはこのようなことは出来ない。

 予想外のことに少し焦った霊夢だったがすぐに落ち着きを取り戻す。
「ただ回転しているだけじゃない。回転に合わせて動いていれば当たらないわ」
 回転レーザーを避けるために霊夢はパチュリーを中心とした円軌道を描くように飛んだ。
 それを見ながらパチュリーは何故か鼻で笑った。
「考えが甘いのよ」
 パチュリーは何やら新たな動作を行った。
 すると、一瞬レーザーが途切れたかと思うと、今度はさっきとは逆回転のレーザーが放たれた。
「きゃあっ!」
 レーザーが途切れた間隔は本当に一瞬のことだったので、霊夢はそのまま逆回転のレーザーに突っ込んでしまうところだった。
「これは、いい魔法だぜ。私向きの魔法だな」
 きっとパチュリーが今持っている本に、この魔法のことが書かれているに違いない。魔理沙が次にこの館に忍び込んで盗み出す本の第一候補が、今決定した。

「おい、霊夢。いつまでもグレイズ稼いでないで、さっさとそのふざけた玉撃ったらどうだ」
「あんまり早く撃っちゃうと、話が続かないでしょ。…じゃなくて、都合ってもんがあるのよ」
「何、よくわからないこと言ってるんだ。お前は」
 本当によくわからない。

「まあいいわ。そろそろ、反撃行くわよ」
 霊夢は、レーザーを避けつつ陰陽玉を放った。
 陰陽玉は、パチュリーのレーザーに沿って流れるように中心へと飛んでいく。そして、その中心にいるのはもちろん術者。パチュリーである。
 パチュリーは、魔法はすさまじいが避けるのはそれほど得意ではないようだ。霊夢の陰陽玉はそのままパチュリーに命中した。
「本当便利だなその玉。撃ったらほとんど命中してるじゃないか」

「痛いじゃないのよ」
 痛みに少し顔をしかめながらパチュリーは言った。
 いや、さっきから割としかめっつらをしていたので、実はあまり表情は変わっていないかもしれない。
「なんだ、あんまり効いてないのか」
「これくらいじゃ、やられないわ。あんまり早くやられちゃ話が続かないじゃないの」
「お前もよくわからないことを言うなあ……」
 本当によくわからない。

「私たちの強さはわかってきたでしょ? 怪我が増える前に、ご主人様の居場所を教えたほうが身のためよ」
 どちらが悪役なのか疑わしい台詞を言う霊夢。
「教えないわ。これぐらいで勝ったような気になってもらっちゃ困るわよ」
 そう言ってパチュリーは、スペルカードを取り出した。
「私の本を傷つけた恨みを、その身に思い知らせてあげるわ!」
 その本とは、本棚から落ちて小悪魔の上に降り積もっている本のことである。
「ちょっと待て、本をやったのは私達じゃなくてそこに埋まってるお前の使い魔だろう」
 本の山を指差しながら反論をする魔理沙。
「あんたたちが来なけりゃ、こんなことは起こらなかったのよ!」
「言いがかりだぜ」

 パチュリーは、スペルカードを発動させた。
 普通の状態のときでもパチュリーからは強い魔力を感じていたのに、さらにそれを上回る魔力の奔流があたりを包み込んだ。
 それは今まで戦ってきた敵のものとは、比べ物にならないほどのものであった。
 パチュリーは、再び本を開き呪文を唱えた。
「アグニシャイン!!」
 瞬間、あたり一面に炎が巻き起こった。その炎は球となり二人を襲う。
「熱っ!」
 魔力の塊とは違い、本物の炎のためあまり近づくことが出来ない。引き付けて避けることが出来ないため、二人はなかなか避けるのに苦労している。
「熱すぎるわ! 今度は話を伸ばしている余裕はないわね」
 霊夢は陰陽玉を構えた。
「くらいなさい!!」
 霊夢の陰陽玉が炎の間隙をかいくぐり、パチュリーへと向かっていく。
 しかし、陰陽玉がパチュリーに当たろうとしたとき、カーン、と金属音のような音がして陰陽玉は弾き返されてしまった。
「バリアーか」
「そのとおりよ」
 魔理沙とパチュリーの間に、どこかで聞いたことのあるようなやりとりが交わされた。
 パチュリーは一瞬スペルを中断し、バリアーを張って陰陽玉を防いだのだった。先程とは違いスペルカードで魔力が高まっている今は、このようなことをする余裕もあるようだ。
「私の魔法は防げるかな?」
 今度は魔理沙が魔法を放つ。
 魔理沙のそのミサイルのような魔法は、パチュリーに当たり爆発が起こる。
 しかし、その爆発が収まる前にパチュリーのスペルが再開した。爆発が収まった後には、無傷なままのパチュリーの姿があった。バリアーは魔理沙の魔法でさえも防ぎきったのだ。

「その程度でレミィに挑もうって言うの? レミィは私よりも強いわよ」
 パチュリーの火球の威力は衰えない。
「もっと手加減しないと、お前の大事な本が燃えちまうぜ」
「そんなヘマはしないわ」
 火球は一面を埋め尽くしているというのに、どういった訳か本には一つとして当たっていなかった。
 
「魔理沙! 今度は同時にやるわよ」
「わかったぜ」
 個々の攻撃では防がれてしまうので、今度は霊夢と魔理沙二人で攻撃をしかける。
「何度やっても同じよ」
「やってみなきゃわからないでしょ」
 霊夢はタイミングを見計らい、
「いくわよ魔理沙!」
 二人同時に攻撃を放った。
 陰陽玉とミサイルが、完全に同じタイミングでパチュリーへと飛んでいく。
 パチュリーは避けようとはしないのでその攻撃はやはりパチュリーに直撃する。当たったことにより再び魔理沙のミサイルによる爆発が起こったが、パチュリーはそれでも無傷だった。
「無駄だって言ったでしょ」
 爆発が収まり、パチュリーがバリヤーを解いたその瞬間。
「スキあり!」
 霊夢がそう言ったとたん。パチュリーの背後から霊夢の陰陽玉が飛んできた。
 魔理沙のミサイルの爆発で見えなかったので、スキをつかれたパチュリーは防ぐ間もなく、それをまともに食らってしまった。
 魔理沙の魔法と同時にパチュリーに向かったと思わせて、霊夢はバリヤーに当たる直前で陰陽玉の軌道を変え、ミサイルの爆発を目くらましとして、ひそかにパチュリーの背後に潜ませていたのであった。

 背後から攻撃をまともに食らってしまったパチュリーは、酷く咳き込んでいる。
「もう話す気になったかしら?」
「ゲホゲホ! まだまだ、ゴホッ… まだ終わりじゃないわ!」
 パチュリーは攻撃を食らったせいである以上に、まるで喘息のようにゼイゼイ言っている。
「おいおい、大丈夫か」
「人間なんかにやられてたまるもんですか。ゲホゲホッ… これで終わりにしてあげる」
 そこで、なおもスペルカードを取り出し呪文を唱えるパチュリー。
「さすがに、本拠地まで来ると一筋縄ではいかないわね」
「ヒキコモリのくせに意外とがんばる奴だな」
 

「人間ごときには出来ない魔法を見せてあげるわ!」
 スペル発動。
 今度のスペルは、先程のスペルとは対照的にとても静かなスペルだった。まるで木の葉が舞い落ちるように、魔法がゆっくりと降ってくる。
「まだこんなスペルを唱えられるのか」
 このスペルは静かではあるが、魔法の規模は大きかった。
「でも、こんなんじゃさっきのスペルの方がすごかったわ」
 霊夢のその感想は強がりではなくもっともだった。
 先程のスペルと比べてそんなに大幅に劣っているわけではないのだが、勝っているわけでもない。人間ごときには出来ない魔法と大口を叩いたことを考えると全然凄くない程度のスペルであった。
 しかしパチュリーを見ると、スペルが完成したというのに、今度は違うページをめくってまだ呪文を唱えていた。
「ここからが本番よ! フォレストブレイズ!!」
 そしてパチュリーは、なんということだろうか、スペルカードをもう一枚取り出してそれを同時に発動させた。
「なんですって!」
 パチュリーが二枚目のスペルを発動させると、先程の木の葉に加え最初のスペルのような火球が同時に現れだした。
 静かに舞い落ちる木の葉と、激しく燃え上がる炎。静と動の組み合わさった見事な魔法だった。
「なんて奴だ。違う系統のスペルを、それも組み合わせて使ってくるなんて」
 確かにこれは人間の域を超えている。魔理沙はそう感じた。

「疲れるから。これはあまりやりたくなかったんだけど…… さすがのあなたたちでもこの魔法は避けきれないでしょう」
 今までは戦うのが面倒な様子が消え去っていなかったパチュリーだが、霊夢の攻撃を食らったことが原因なのかどこかに火がついてしまったらしい、すごいやる気を見せている。まさに本気だ。
「こんなことできる奴がいるなんて、聞いてないわよ!」
「宣伝してまわる奴は、いないっ……」
 言いかけた魔理沙だったがすぐ近くに火球が飛んできて当たりそうになった。
「…だろうな」
 パチュリーの合成魔法の前に、無駄口をたたくのもままならない。
 周りは全て、パチュリーの魔法で埋め尽くされていた。
「きゃっ!」
 木の葉を避けようとした先には火球が、
「くっ!」
 火球を避けようとした先には木の葉が迫る。

 木の葉のような魔法は、今になって改めて感じると本物の落ち葉のように不規則な緩急、不規則な曲がり方で落ちてくる。非常に軌道を読みにくく、そして非常に避けにくい。
 しかし木の葉を避けようと、その動く方向を窺おうと注意をむけているうちにそこへ火球が迫ってくる。
「これはちょっと、どうしようもないぜ」
「避けるので精一杯だわ!」
 二人に反撃をする余裕はない。
「逃げるしかできないなんて疲れるだけよ。早く観念してしまいなさい」
 それでも二人は懸命に避け続けていた。

 どのくらい避け続けていただろう。
 ひどく長い時間に感じられたが、もしかしたら本当はそんなに時間はたっていないのかもしれない。
 本当に避けることで精一杯なので、他に何かを考える余裕もない。
 だがとても神経をとても使うので、パチュリーの言うとおり疲れてきた。
 二人は次第に追い詰められていく。

「そろそろ止めを刺してあげるわ!」
 パチュリーの手が挙がる。一気に畳み掛けるつもりだ。
 魔法の勢いがさらに増した。右にも左にも避けられる場所が見当たらない。
「もう限界!」
 これ以上は避けきれないことを悟った霊夢は、スペルカードを取り出した。

「封魔じ……んん?」
 パチュリーの魔法を防ぐために、霊夢がスペルを発動させようとした本当に直前のことだった。
 そのとき突然、パチュリーのスペルが止んだ。
 木の葉も、火球も、全てが嘘のように一切消え去り、辺りに静寂が戻る。
「何……?」
 霊夢はスペルを発動したわけではない、突然の不可解な出来事に首をかしげた。
「一体何したんだ霊夢?」
「私じゃないわ」
 突然の事態に、二人は一瞬呆然としていた。
 そのとき、その静かな場へ一つの音が響き渡った。

「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」

 パチュリーが酷く咳き込んでいた。
 そのためスペルの集中も解け、魔法が消えたのだろう。
「本当に喘息もちだったのか」
「張り切りすぎるからよ」
 パチュリーは、咳き込み続け喋ることもままならない感じだ。
「ちょ…待っ……」
 そこへにじり寄る二人。
「それで待つ奴は」
「いないぜ」
 病人であろうと全く持って容赦のない二人だった。
 何も出来なかった分、憂さ晴らしのように必要以上にパチュリーへ攻撃を加える。
 それが収まった後には、ボロボロになって倒れたパチュリーが転がっていた。

「ふう、なんとか勝ったわね」
「動かないぜ、死んだんじゃないのか? 体弱そうな奴だったからな」
「やりすぎなのよ、あんた」
「お前もな」
 パチュリーは、かろうじて呼吸はしているようだった。だが、ピクリとも動かない。
「あー、ご主人様の居場所を聞きそびれちゃったわ」
「でもあれだ、最初に『お嬢様』って呼んでただろ。きっとご主人さまってのは、若い娘なんだろうぜ」
「だからって、どこにいるのかはわからないじゃない」
「まあ、気長に行こうぜ」
「あんたが余計なことしなきゃ、こんな無駄な消耗はしなかったのよ! 今度何か余計なこと始めたら迷わず置いていくわ」



<第五章 紅い月に瀟洒な従者を>

 図書館を出た二人は、屋敷の捜索を再開した。
 しばらくすると、二階へと続く階段を発見した。

「これだ。きっとご主人様は上にいるに違いないぜ」
 魔理沙が急に思いついたように言った。
「なんでわかるのよ」
「昔からバカと偉い奴ってのは高いところが好きだって相場が決まってるんだ」
「あっそ」
 酷い理論だと思ったが、霊夢の勘としても上の階にいそうな気がしていたので、特に異論は唱えなかった。

 そして、二人は階段を昇っていく。
 階段の両壁には燭台が並んでいて、蝋燭の炎がゆらめいている。
 天井には蝙蝠がとまっていて、暗闇の中で光るたくさんの目が二人を見つめていた。
 暗く先の見えない紅い階段を昇っていると、どこか別の異世界へと誘われているようなそんな錯覚が湧き上がってきた……

   *   *   *

「……パチュリーもやられたみたいね。」
 場面は再び少女とメイドのいる部屋である。
「パチュリー様までもが?!」
 咲夜は心底驚いている様子だ。
「あの門番はともかくパチェを倒すなんて、只者じゃないお客ね」
 少女は特に慌てた様子は無い。自分の力に余程の自信があるので侵入者がたどり着いたとしても問題ない、といった感じだろう。
「でも、なんでわざわざパチュリー様の部屋なんかに行ったんでしょう?」
「さぁ? わからないわ」

 少女はティーカップの中身を飲み干すと、椅子から立ち上がり咲夜に命じた。
「さぁ、咲夜。お掃除の時間よ。あの迷惑な客を片付けてきなさい」
「はい、お嬢様。仰せのままに」
 咲夜は主人に向かい深々と礼をした後、侵入者を迎え撃つために部屋を出た。

 彼女ポケットから懐中時計を取り出し、それを握り締める。
「腕がなるわ」

   *   *   *

 階段の先に異世界なんてものが存在しているはずもなく、何事もなく二階へと辿り着いた二人。
 その前には、相変わらず暗い通路とたくさんの部屋が待っていた。

「地道にいくしかないのかしら……?」
 霊夢はちょっとうんざりしていた。
「まだ上の階があるはずだ。とりあえず階段を探そうぜ」
「そうね上から調べても同じね、そうしましょう」
 二人はとりあえず二階にある部屋は無視し、上への階段を探し始めた。
 
 そして、とある角を曲がったときである。
 二人の前にメイドの一団が現れた。
 どうやら彼女達の掃除の対象は霊夢と魔理沙のようだ。メイド達は有無を言わさずいきなり襲い掛かってきた。
 メイドの姿をしてはいるが、彼女達は妖怪であり背中には羽が生えている。そして魔法を使って攻撃をしてきた。
「ここのメイドは戦闘訓練も受けているのか?」
「最近のメイドは割と、戦えることもおたしなみの一つらしいわよ」
 また異次元の話を始める霊夢。
「だから、アニメの見すぎは頭によくないぜ」
「そう言うってことは、あんたも知ってるんじゃないの」
 霊夢の突っ込みはもっともだ。
「なんのことだかわからないぜ」
 
 メイドは初めのうちは数人しかいなかったのだが、一階で一人も出会わなかったのが不思議なくらいに次から次へとたくさん出てきた。
 倒す数よりも新たに現れてくる数の勢いの方が強いので、メイドの数はだんだんと増えていく。メイド達の強さはパチュリーなどとは比べ物にならないが、それでも弱いということもない。
 多勢に無勢。さすがの二人にとってもかなり厳しい戦いであるようだ。
 膨大な数の弾幕が二人に向かってくる。もはやわざとギリギリのところで避ける余裕などなかった。むしろ普通に避けても、それがギリギリになるくらいであった。

「これは…… なかなかやばいわね」
 霊夢の額には汗がにじんでいる。
「いつもの余裕はどうした? 霊夢」
 そう言う魔理沙の方も同様に汗が見える。
「ちょっと数が多すぎない? なんでこんなにメイドがいるのよ!」
「そりゃ、こんだけ大きい館だとたくさんいないと掃除が大変だろうからな」
 二人の会話を聞いていると余裕がないようにはとても思えないのだが、実際は結構ヤバイのである。

 メイドを倒すことはそう難しくはないのだが、いつまでも数が減っていかないことにとうとう魔理沙が痺れを切らした。
「ああっ! もう面倒くさい。一気に片付けるぜ!」
 魔理沙は、スペルカードを取り出し呪文を唱えた。
「ミルキーウェイ!!」
 魔理沙が大きな身振りで手を振ると、そこから光り輝く大きな星が広がっていく。
 その星は現れた後、すごい速さで流星のように飛んでいく。それはメイドに当たるだけでなく、壁などにもところかまわず当たっていた。
 ものすごい数の星が放出された後、メイドはすっかり一掃されていた。

「ちょろいもんだぜ」
 魔理沙はビッと親指を立て、ニヤリと笑った。白い歯が眩しく輝いている。かなり爽快だったようだ。
「でたらめな魔法ね」
 霊夢はあきれ気味だ。
「すっきりしたぜ」
「でも、なんでさっきの図書館でスペル使わないでこんなところで使ってんのよ」
「いやあ、さっきの戦いで何も出来なかったストレスの発散のためにな」
「スペルカードは数に限りがあるんだから、考えて使いなさいよ!」
「まあ、あと一枚あるんだしなんとかなるさ」

 倒したメイドを踏み越え進んでいくと奥に階段が見つかった。あれが恐らく最後の階段だろう。
 魔理沙のスペルで廊下に置いてあった花瓶なども割れてしまったため、歩いていると時々パキッと音がする。
「あー、こんなに散らかして! お嬢様に怒られるじゃない!」
 階段の前に、廊下の窓からもれる紅い月明かりに照らされて一人のメイドが立っていた。
 先程のメイド達とは明らかにまとっている雰囲気が異なっている。
 手には懐中時計を持っていた。年代ものらしいが、手入れがよくされており古さをあまり感じさせない。

「あなた……は、ここのご主人じゃなさそうね」
 相手は明らかに従者の格好である。
「なんなの? あなたたち。勝手に他人の家にあがりこんで、暴れまわって」
「お嬢様のお客様だぜ。お嬢様に早く会わせてくれよ」
「お客様は普通暴れたりしないわ」
 たちの悪そうな奴らだ、と咲夜は思い始めていた。
「じゃ、あれだ。私もこの館に雇われたんだよ。ご主人様に挨拶しないといけないから通してくれ」
 こんなあからさまな言い直しでは嘘だというのが明らかだが、魔理沙はそんなことは気にしない。
「それはいいわね。少なくともあなた達が壊したものの分は働いていってももらおうかしら。でも、あなたじゃ掃除もできなさそうね」
 魔理沙のスペルによって破壊された調度品の数々は、どれも安物には見えない。壊した分を働くとなるとかなりの労働量になりそうだ。
「出来ないぜ」
 あっさりと認める魔理沙。実際彼女の部屋はとても散らかっているのだ。蒐集したガラクタで溢れかえっている。
「じゃあ、何係? 恋愛係?」
「むしろ営繕係だな」
「じゃ、早速仕事に取り掛かってもらおうかしら。言い忘れたけど、私はメイド長の咲夜」
「ってことは、私がお前を倒せば、メイド長ってことだな」
 魔理沙の発想は、いつも突拍子もない。
「メイドでもないのにメイド長になれるわけ無いじゃない」
「なにくだらない会話してるのよ、あんた達は」
 一人冷静に会話を流し聞いていた霊夢が、ここで突っ込みをいれた。
「不覚……ついペースに流されてしまったわ」
 ついつい魔理沙の会話に乗せられてしまった咲夜。自分の不覚を恥じ、頭を抱える。

 魔理沙に会話を任せていると変な方向に行ってしまうので霊夢は話を戻した。
「そこを通してもらえないかしら? 私たちは、お嬢様に会ってこの霧を止めてもらわないといけないのよ」
 咲夜もそれで正気に戻り、真面目な顔つきになった。
「お嬢様にはあなたたちに会う気はないわ。悪いけどお帰り願おうかしら」
「わかったわ…… やっぱり、力ずくで通るしかないようね!」
「そうこなくっちゃな」
 そう言って、霊夢と魔理沙は構える。
「そう来るなら、こちらも力ずくで帰ってもらうしかないわね」
 咲夜も持っていた懐中時計をしまい、ナイフを構える。
「では、参りますわ」
 咲夜はメイドらしい優雅な礼を一つし、その直後大きく跳躍して手にしたナイフを放ってきた。
 跳躍したことでスカートが翻るが、スカートの中は見えそうで見えない。これもメイドのおたしなみの一つである。メイドのスカートの中は神秘の世界なのだ。

 咲夜がものすごい速度で放つナイフは、狙いがとても正確であった。広い廊下を縦横無尽にすばやく飛び跳ねながら連続してナイフを放ってくる。
「こいつ…… 強いわ」
 避けた霊夢の足元にナイフが突き刺さる。
 咲夜が投げてくるナイフは銀製のものである。どれも良く磨かれていて光沢を放っている。
「それにすばやいぜ」
 魔理沙も反撃に魔法を放っているが、悉く避けられてしまっていた。
 だがこちらも相手の攻撃は避け続けている。 狙いが正確すぎるほど正確なので、逆に読みやすくもあった。
「これでも食らいなさい!」
 霊夢が陰陽玉を放つ。
 しかし咲夜はそれを難なく避けた。
 だが、霊夢の陰陽玉は避けても咲夜を追っていく。
「何っ!」
 それにはさすがに驚いた咲夜だったが、追ってきた陰陽玉を宙返りをするような形で再び避け、その途中、体が逆さまになった状態で陰陽玉目掛けてナイフを放った。
 ナイフは見事に陰陽玉を打ち落とし、陰陽玉は霊夢のもとへと戻っていく。
「何なのよ、その玉。卑怯じゃない」
「な、そう思うよな」
 なぜか敵に賛同する魔理沙。
「私の陰陽玉が落とされるなんて……」
 今までほとんど外すことのなかった陰陽玉を撃ち落され、霊夢は一人愕然としていた。

 ここで、お互いの技を見せあったところで一旦戦いが途切れる。
「あなたたちの出し物はそれで終わりかしら?」
「まだまだこれからよ! 次は当てるわ」
「さっきは不意を突かれたけど、一回見てしまえばどうってことないわね」
 不意を突かれたと言うのに初見で陰陽玉を撃ち落した咲夜。次からも撃ち落してくるに違いない。
「それは、やってみなきゃわからないわよ」
「それに、お前のナイフだって、私達にかすりもしていないぜ」
「ふふっ。今のは、ほんの小手調べよ」
 新たなナイフを手に構え、不敵に笑う咲夜。
「さあ、第二ラウンドよ」
 そして、戦いが再開された。

 まず仕掛けたのは霊夢である。
 陰陽玉を放つが、咲夜は今度は避けようとせず直接ナイフで陰陽玉を落としにかかった。
「なんのっ!」
 パチュリーのときにも使ったが、霊夢は陰陽玉をある程度自分で操れるのであった。
 軌道を少しずらしナイフを避ける。そしてそのまま、陰陽玉の速度は衰えることなくま咲夜へと向かっていく。
「くっ!」
 直前に迫る陰陽玉をもう一度ナイフで落とす暇も無く、咲夜は避けるしかなかった。
 だが、避けても陰陽玉は追っていく。
「今だぜ」
 避けて着地した瞬間を狙って魔理沙が砲撃する。
 しかし咲夜は、着地して態勢を立て直すこともなく連続して跳躍する。とても軽やかで華麗な跳躍だった。
 跳びながらそのまま再び陰陽玉に向かってナイフを投げる。移動しながらの投擲であっても狙いの正確さは変わらない。
 だが霊夢もそれを読んでいたかのように、陰陽玉の軌道を変えやはりそのナイフは陰陽玉に当たることは無かった。
「ならば!」
 今度は両手にナイフを持ち、大きく跳んで避けながら陰陽玉に放つ。
「もう一つ!」
 そして着地したのと同時に体を回転させ、その勢いで反対の手に持っていたナイフを、今度は霊夢に向かって放った。
 霊夢はそれを避けるのは難しくはなかったのだが、避けている間にはさすがに陰陽玉の軌道を変えるために集中することはできなかったため、一本目のナイフによって陰陽玉は打ち落とされてしまった。
 
「ほんと、やっかいな代物だわ」
 陰陽玉を打ち落としたところで攻撃の手を休めることなく、咲夜の反撃が始まる。
「だったら打たす暇さえ与えない!」
 猛烈な連続攻撃だった。先程のようにただ単に体を狙ってくるだけではなく、牽制やフェイントを入れたりしてきた。絶妙な間合いでそれを組み込んでくるので本当に反撃をする暇がない。
 だが、狙わなくても撃てるのが陰陽玉の強みである。
「行けっ」
 半ば投げやりに霊夢は陰陽玉を放ったが、軌道を変えられない状態ではどうしても咲夜に落とされてしまう。

 咲夜は霊夢の陰陽玉を主に気にしているらしく、魔理沙への攻撃は比較的軽いものだった。
「そんなに甘く見てもらっちゃ困るぜ」
 霊夢の陰陽玉を狙ってナイフを放った隙に魔理沙が攻撃を仕掛ける。
「あなたの攻撃は当たらないわ」
 しかし普通に狙っただけでは、咲夜には避けられてしまう。
 避ける間にもナイフの手は止まらない。
「私だって、そんなに馬鹿じゃないんだぜ」
 魔理沙の続けざまの攻撃。今度は咲夜の移動の方向を考え、先読みをして撃つ。
「!!」
 それは見事に功を奏したかのように見えた。
 だがしかし、咲夜はありえないような動きを見せ魔理沙の攻撃の反対側へと避けた。
「あれは! 一本足のスプリットステップ?!」
「お前は黙れ」
 よくわからない単語を叫ぶ霊夢を一蹴し、魔理沙はさらに攻撃を加える。
「こいつはどうだ!」
 それは今までの魔法とは違う魔法だった。大きめの魔力の塊が咲夜に向かって跳んでいく。
 大きいとは言ってもそれほどではない。咲夜にはやはり簡単に避けられてしまうだろう。
 その通りに咲夜が魔法を避けようとした瞬間。
「そこだ!」
 魔理沙はその魔力の塊を破裂させた。
 咲夜の目の前で破裂した後、そこから小さな星が広範囲に広がる。
 その小さな星々の全てを避けきることは出来ず、いくつかは咲夜に掠っていく。
 だがその小さな星は、個々の威力は微々たるものらしく致命打となることはなかった。

 それでも、小さな隙は生じる。
「よくやったわ魔理沙」
 咲夜の攻撃の連続が止まったので、ここからまた霊夢の陰陽玉の攻撃が再開される。
 魔理沙の援護もあるので、咲夜は先程のように霊夢を同時に狙うことができない。
「……やっぱり二対一じゃ不利ね」
 陰陽玉を落とすことが出来ず避けるしかない咲夜だったが、不意に何かを詠唱したようだった。
 すると、二人の近くに魔法陣が突如として出現した。
「何?」
 そして魔法陣が実体を持った瞬間、なんとそこからもナイフが発射された。
「くっ!」
 魔法陣から放たれるナイフは咲夜本人から放たれるもの程の鋭さや正確さはないにしても、やはり避けなくては当たってしまう。
 そしてすなわちそれは、陰陽玉の操作の集中が途切れることを意味していた。もちろん咲夜はその隙に陰陽玉を打ち落とす。
「ああっ、今のはいけると思ったのに!」

 とても激しい戦いだった。
 魔法やナイフがまるで嵐のように飛び交っていた。
 だが双方の実力は全く互角であり、互いに少しかすり傷を負ったりすることはあったが、有効な攻撃は一つも無かった。
「……ふぅ」
 咲夜が口を開いた。
「このままじゃいつまでたっても決着がつかなそうね。掃除にこんなに時間をかけていてはメイド長の沽券にかかわるわ。あなたたちぐらい強いお客様には、やっぱりそれ相応の技でおもてなししないといけないわね」
 咲夜はスペルカードとともに、ポケットから懐中時計を取り出した。銀製のその鎖がきらりと光る。
「それでは、いきますわよ」
 咲夜はスペルカードを発動させた。
「ミスディレクション!!」

 スペルを発動させた咲夜は横に大きく移動しながら、ナイフを放ってくる。
 だが、ナイフの速度が上がったわけでもなく、今までと変わらないように見えた。同時に取り出したその懐中時計で特に何かをする様子もない。一体なんのために取り出したのだろうか。
「なんだ? はったりか?」
 スペルカードを使ったのだから何かあるはずなのだが、魔理沙は気にせずに咲夜に向けてレーザーを撃つ。レーザーはナイフを弾き飛ばしながら咲夜へと向かっていった。
 今回の砲撃は非常に狙いが上手くいったものであり、そのままいけば確実に直撃コースだった。
「もらったぜ」
 レーザーはもう咲夜の目前に迫っている。魔理沙は勝利を確信した。
 咲夜にレーザーが当たろうとしたその時、懐中時計の蓋が開く乾いた音が響いた。
 
「おおっ?」
 次の瞬間、その場に咲夜の姿は無かった。
 確実に当たるはずだったレーザーは、何もない場所を通り過ぎていくだけだった。
「これは、一体……」
 咲夜は避けたのではない。一瞬のうちにそこから掻き消えたのだ。少なくとも魔理沙にはそう見えた。
「逆よ! 魔理沙!!!」
 霊夢の叫びが聞こえた時、魔理沙は反射的に倒れこむような感じで避けた。直前まで魔理沙がいた場所をナイフがかすめていく。
「ぃつっ!」
 魔理沙は辛くも直撃は免れたが、完全に避けきることは出来ず咲夜のナイフによって袖は裂かれ腕からは血が流れた。

「よく避けたわね。まったく、勘のいい人間だわ」
 懐中時計の鎖をじゃらじゃらともてあそびながら、咲夜は少し残念そうな表情だ。
「何をしたかわからないけど、これは避けれるのかしら?」
 霊夢が陰陽玉を放つ。
 咲夜は今回はそれを打ち落とそうとはせず、避けようとした。
 そして、ある程度避けたところで陰陽玉が追いつきそうになったが、その時また咲夜は懐中時計の蓋を開いた。
 するとまた、まるで手品のように咲夜の姿はその場から消え、陰陽玉は目標を見失ってしまったようだ。
「なんですって?!」
 そして、やはり全然違う方向に咲夜は現れナイフを放ってくる。
「くっ!」
 今度は霊夢も避け切ることができずナイフが服を切り裂く。霊夢はかろうじて体に当たることはなかったようだ。

「なんで避けるのよ」
「避けないと痛いでしょうが」
「でもあなたたちでも完全に避けきることは出来ないみたいね。当たるのも時間の問題だわ」
 一体どうやっているのかまったくわからないが、咲夜は瞬間移動をしているようにしか思えない。
 中国にも陰陽玉は避けられてしまったが、あの時はいくらすごい速さで避けたといっても、咲夜のように避ける動きがまったく見えないわけではなかった。
 咲夜は、ある方向に注意をそちらにそらしたところで、一瞬のうちにまるで別のところに現れる。
 それはまさに、手品でいうところのミスディレクション。
「ナイフ投げたり消えたり…… メイドなんかより手品師の方が似合ってるわよあんた」
「私はお嬢様にこの身を捧げているから、生憎メイドを辞めるつもりはないわ」
 
 魔理沙は考えていた。
 相手が何をしているのかまったくわからない。その場から文字通り消えているとしか思えないのだ。
 一体どうしたら……
「やってみるしかないか……」
 魔理沙はなにかを決心した。
 そして、霊夢に向かって一言。
「霊夢。頼んだぜ」
 その時霊夢が見た魔理沙の顔は、見たことがないほど真剣なものだった。

「ぼーっとしてる暇はないわよ!」
 咲夜がまた、移動しつつのナイフ攻撃を始める。
 それを確認した魔理沙は、
「行くぜ!」
 なんと箒にまたがり咲夜の方へ突進して行った。
 最初の移動しながらのナイフは牽制の意味が強いのか、魔理沙は突進しつつもそれを避けてられている。
 だが前に進みながらでは完全に避けきれるはずがない。頬や腕など、魔理沙の体に次々と切り傷が出来上がっていく。
「血迷ったのかしら?」
 魔理沙が咲夜の元へ到達したその瞬間。
「まずはあなたから仕留めてあげる」
 咲夜の懐中時計が開かれる―――
 魔理沙の目前から咲夜の姿は消え、そして……
「魔理沙ぁ!!」
 咲夜のナイフが魔理沙を襲うのを見た霊夢が叫んだ。
 魔理沙の頭から黒いとんがり帽子が飛ばされる。その帽子にはナイフが深々と突き刺さっていた。
 そして、一つのナイフが……魔理沙の胸に突き刺さっていた……
 魔理沙は仰向けに崩れ落ちていく。
「よくも!!」
 すぐさま霊夢は陰陽玉を放つ。
 魔理沙が見やすい位置に移動していたため、ナイフが飛んでくる方向もすぐにわかったのだ。
 霊夢の怒りに応えたのか、陰陽玉はかつてないスピードで咲夜に向かって飛んでいく。
「くっ、間に合わないっ!」
 咲夜はとっさに懐中時計を手放し、両手でナイフを交差させるようにして持ち、陰陽玉を受け止めて防御した。
 陰陽玉がナイフにぶつかった瞬間、鋭い金属音が響き渡り火花が飛ぶ。
「行けぇっ!!」
「くっ!」
 陰陽玉が押しては咲夜が押し返し、しばらく激しい鍔迫り合いが繰り広げられた。
 そして、次第に霊夢の陰陽玉が咲夜を押していく。
「このっ……」
 咲夜の表情が苦しくなる。
 あと一息。魔理沙のためにも霊夢は勝たなくてはならない。
 だが、
「させるかっ!!!」
 渾身の力を振り絞り、咲夜は陰陽玉をはじき返してしまった。

「そんな……せっかく……」
 魔理沙が命を懸けて開いてくれた突破口をものにできなかった後悔の念が霊夢を包んでいく。

「いや、よくやったぜ霊夢」
 聞きなれた声が聞こえ、霊夢ははっとした。
 魔理沙の方を向くと、咲夜のナイフに胸を貫かれたはずの魔理沙が立ち上がり、今まさに魔法を放とうとしている。
「お返しだぜ!!」
 魔理沙の魔法が咲夜を襲う。
 咲夜はしかし、一旦懐中時計を手放してしまったため、すぐにスペルを発動させることができなかった。
「きゃああっ!!」
 魔理沙の魔法が今度は確かに咲夜に命中し、咲夜は吹っ飛ばされる。かなりまともに当たってしまったため、かなりのダメージであろう。

「いやー、さすがにヤバイと思ったぜ」
 いつもの調子で言う魔理沙の服の胸には、確かにナイフによる穴が空いていた。
「魔理沙…… あんたどうやって…?」
「それは、こいつのおかげだな」
 魔理沙が懐から取り出したのは、魔理沙の愛用しているミニ八卦炉だった。
「運良くこいつに当たってくれて助かったぜ。まったく……避けられると思ったんだがな」
「あんな無謀なことするなんて、あんたらしくないわよ。もう……」
 霊夢は少し涙目になっていた。
「まあそう言うなよ」
 魔理沙は帽子からナイフを抜き取り、かぶりなおす。
「あーあ、帽子に穴が空いちまったぜ。気に入ってたんだけどなこの帽子」

「うぅ……」
 咲夜が起き上がってきた。
「まったく。なんて運のいい奴なのかしら」
 立ち上がった咲夜だが少し足元がおぼつかない。気力だけで立っているといったような感じである。
「そんな様子じゃ、さっきみたいには動けないだろう。観念したほうが身のためだぜ」
「嫌よ」
 そして、また一枚のスペルカードを取り出す咲夜。
「私は、紅魔館のメイド長…… レミリアお嬢様の忠実なる完璧なメイド、十六夜咲夜よ! 負けることは許されないわ!!」
 手には、やはり例の懐中時計。
「運なんか関係ないくらい、体中串刺しになるがいい!!」
 懐中時計の蓋を開き、
「ルナクロック!!!」
 スペルを発動させた。

 次の瞬間、二人は我が目を疑うしかなかった。
 咲夜の前の何もなかったはずの空間に、一瞬のうちに無数のナイフが出現したのだ。
「なんだこれは?!」
 ナイフは廊下の幅一面を埋め尽くしている。避ける場所も、避ける暇もなかった。
「さようなら。強かったわよあなたたち」
 そう言ってがくりと膝をつく咲夜。さすがにもう限界を迎えたのだろう。

「今度こそ使うしかないわね!」
 ナイフがもう目前に迫っている。
「封魔陣!!」
 そこで霊夢のスペルが発動した。
 一瞬にして霊夢を中心とした広い範囲に結界が展開される。
 結界が広がっていく途中で、結界によりナイフは全て弾き飛ばされていった。
「なっ!」
 今度は咲夜が我が目を疑う番だった。自分の最後の、最強の技が防がれてしまったのだ。

「ならば、今一度!!」
 気を取り直し、もう一度懐中時計を使おうとする咲夜。
「えっ?!」
 しかし、使っても何も起こらなかった。
「私の結界の中じゃ、魔法は使えないわよ」
 そして、
「私のは例外だけどね」
 咲夜に向かって霊夢は陰陽玉を放つ。
 咲夜にはもう避ける力は残されておらず、陰陽玉の直撃をくらって倒れた。
 今度は起き上がってくる様子はないようだ。
「勝ったな」
「ええ」
 激しい戦いの末、二人は咲夜に打ち勝った。
 これで目の前の階段への道を塞ぐものはなにもない。
 
 これまでの戦いで二人の服はぼろぼろになっている。傷も少なくない。
 だが目の前のあの階段の先には、きっと最後の敵が待っているのだろう。
「とうとうここまで来たわね」
「ああ、さっさと倒して帰ろうぜ。さすがに疲れた」
「でも、さっきのは本当に肝が冷えたわよ…」
 魔理沙の胸にナイフが突き刺さる光景を思い出した霊夢。
「ああ、確かに私らしくはなかったな」
 そして霊夢に笑いかけ言った。
「私が生きてるってわかったとき嬉しかっただろ?」
「なっ」
 霊夢は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「そ、そんなことあるわけないわ! あのまま死んでた方が、うるさい奴がいなくなって大層良かったわよ」
 言いつつ顔を背ける霊夢。
「素直じゃない奴だぜ」

 倒れた咲夜の手には懐中時計が握られたままであった。
「さっきの手品のタネはこの時計だな。きっと、この時計には時間を止める能力があるんだ」
「なるほど、時間を止めてる内に移動してたから消えたようにしか見えなかったのね」
「図書館の奴がこの館には空間をいじるのが好きなのがいるって言ってただろ? それが多分こいつのことなんだぜ」

「さあ、あとはお嬢様を倒すだけね」
「どんな奴だろうな」
「どんな奴だったとしても、ぶっ倒すだけよ」
 そして、二人は最後の階段を上っていく。
 この館の主人。幻想郷にたちこめる紅い霧を出している犯人の、少女のもとへ。



<第六章 エリュシオンに血の雨>

 最後の階段を昇りきり、とうとう館の主人の待つ最後の部屋へとたどり着いた。
 階段を昇る足取りが遅かったのは、緊張のためか。

 大きく一つ息を吸い込み、気合をいれて最後の扉を開いた。

 そこはとても広い部屋だった。この部屋には窓というものは一つもないのだが完全に暗いというわけではない。床や壁、というか部屋全体が淡く紅い光を発しているようだ。

 その紅く薄暗い部屋の奥に、まるで王女のように悠然と、彼女はいた。

「この妖気、悪寒が走るぜ」
「あんたね、ここのご主人様は」
「そうよ。紅魔館へようこそ。全然招いてないんだけど」
 レミリアが口を開いたとき、鋭い犬歯が見えた。背中には、コウモリのような羽が生えている。
 その特徴から、彼女はきっと―――
「おまえ、アレだろ? ほら日光とか臭い野菜とか、銀のアレとか。夜の支配者なのになぜか弱点の多いという……」
 彼女はきっと、吸血鬼なのだろう。
「そうよ、病弱っ娘なのよ」
「面白そうだな、やっぱ飲むのか? アレ」
 レミリアが先程まで飲んでいた液体こそ、きっと”アレ”なのだろう。
「当たり前じゃない。私は小食でいつも残すけどね」
「夜の支配者でもなんでいいわ、とにかくさっさと私にやられちゃいなさい」
 霊夢の辞書には、話し合うという言葉はないのだろうか。

「あら、私と遊んでくれるのね。それなら外へでましょう?」
 レミリアは椅子から立ち上がった。
「今夜はいい夜よ、月の下で踊りましょう」
 そう言うと、レミリアはその体をコウモリへと変化させ、館の外、屋根の上の方へと飛んでいった。
「あ、待て!」
 二人もすぐにその後を追っていった。

 屋根の上から見ると、霧が濃いせいで館の下の方は見ることができない。まるで雲の上にでも立っているようだ。
 今夜はとても静かな夜である。霧は出ているが雲はないようで、大きな満月が頭上で輝いていた。
 淡く光る雲の上、エリュシオンと呼ばれる天上の楽園とはこのようなものなのではないだろうか。
 しかし今立っているこの楽園は、とても紅い色をしている。
 それはさながら、血の雨が降ったエリュシオンといったところか。

 外に出た二人を待っていたのは、しかし、レミリアではなく咲夜だった。
「はぁはぁ…… お嬢様の怒られる前に、少しでも消耗させないと」
 だが満身創痍なのは変わらない。
「あっ、ずるい。わざわざ外に出てきたのは時間稼ぎだったのね」
 レミリアと会話したりしているうちに意識を取り戻し、先回りしていたのだろう。

「あなたたち。本当に人間なの?」
「お前もな、本当にメイドなのか」
 メイドかどうかは関係あるのだろうか。
「あんたもうボロボロじゃない。邪魔しないで大人しく寝てなさい」
「あなたたちより、お嬢様のお仕置きの方が怖いのよ!」
 最後の力を振り絞ってか、半ばヤケ気味にナイフを乱射してきた。でも、もう時間を止めるだけの力は残っていないようだ。
「まだこれだけの力が残っていたのか」
「炎は消える前に一瞬強く燃え上がるっていうやつじゃないかしら」
 今までの攻撃はどちらかというと華麗で優雅なものだったが、今回の攻撃はとても激しいものだった。
 ものすごい速度でナイフを飛ばしてくるという激しさももちろんそうなのだが、これ以上先へは行かせないという気迫の激しさも伝わってくるような攻撃だった。

「でもこんなにでたらめに打ってちゃ当たらないわよ。それに、あんたの攻撃はもう見切ったわ!」
 手負いの状態ではやはりこの二人には攻撃が通用しなかったようだ。
 ナイフは一つも二人に当たることは無く、二人は咲夜を倒した。
「強い……」
 咲夜は倒れ、気を失った。
「これで、もうしらばらくは動けないでしょう」
 咲夜が動かないことを確認し、霊夢は言った。

「さあ、あなたのメイドは倒されたわよ。そろそろ姿見せてもいいんじゃない? お嬢さん」
 二人の前方にコウモリが集まっていき、レミリアへとその姿を変えた。
「やっぱり人間って使えないわね」
「あのメイドは、本当に人間なのか?」
「あなた達は殺人犯ね」
「いや、殺してないし」
「それにお前に言われたくはないな。今まで何人の血を吸ってきた?」
 そう、レミリアは吸血鬼。吸血鬼といえば人間の血を飲むのが相場である。
 500年もの年月を生きてきた彼女は、相当な数の人間を手にかけてきたはずだ。
「あなたは今まで食べたパンの枚数を覚えているの?」
 レミリアにとって人間など食事でしかない。今までとってきた食事の数などいちいち覚えてはいないということだ。
「13枚。私は和食派だぜ」
 トリウム崩壊系列の数よりは多いらしい。

「……で? 何の用なの?」
「迷惑なの、あんたが」
 霊夢の返答には、やはり何かが足りない。
「短絡ね。しかも理由がわからない」
「とにかく、ここから出て行ってくれる?」
「ここは私の城よ。出て行くのはあなた方だわ」
 レミリアの言い分はもっともだが、
「この世から出て行ってほしいのよ」
 霊夢はとんでもないことを言い出した。
「ずいぶん物騒な巫女ね」
 そして、レミリアはため息を一つ。
「ふぅ……しょうがないわね。今、お腹一杯だけど」
「そうだな、私はお腹がすいたぜ」
「……食べても、いいのよ」
「ああそうかい。今の、植物の名前だぜ。『亜阿相界』」
「人間って楽しいわね。楽しいあなた方とこれでお別れになるかと思うと悲しいわ」
 そう言ってレミリアは爪を伸ばし、それを舐めあげた。
「護衛にあのメイドを雇っていたんでしょ? そんな箱入りお嬢様なんて一撃よ!」
「咲夜は優秀な掃除係よ、おかげで首一つ落ちていないわ」
「あなたは強いの?」
「さあね、少なくとも咲夜よりは強いわよ」
 二人があれだけ苦戦した咲夜より強いということは、苦しい戦いになりそうだ。
「なかなか出来るようね」
「こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ」
 霧の中から見える満月は血のように紅い。
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」
 霊夢とレミリアの声が重なる。
 それが合図だったように、戦闘が開始された。

 レミリアはまずナイフを放ってきた。
「なによ、またナイフ?」
「ここの住人はナイフを投げるのが好きなのか?」
 レミリアのナイフは恐ろしい速さで飛んでくる。
 咲夜のそれより、レミリアのナイフ使いの方が優れているようだ。
「でも、弾筋はおんなじね」
 速度はあっても軌道が読めれば、避けるのに何ということはない。
「それは、そうでしょうね。咲夜にナイフを教えたのは私だもの。さすがに咲夜を倒しただけあって、この程度じゃ物足りないかしら?」
 ニタリと禍々しい笑みを浮かべるレミリア。
「それなら、こんなのはどう?」
 辺りに魔力がほとばしる。空気が変わった。
 レミリアがスペルカードを発動したのだ。
 すると、何ということだろう。レミリアのナイフが弧を描いて曲がってきた。完全に法則を無視した動きをしている。
 直線の動きから突然曲線の動きへと変化し、二人は体がついていかない。

「くそっ、当たれ」
 魔理沙は果敢にもナイフを避けつつ攻撃を放っているが、曲がるナイフを避けながらで体が流れている状態では、満足に狙うことが出来ない。そしてレミリアはレミリアでかなり素早いので、全く当たらないのであった。
「だからあんたの攻撃は直線的過ぎるっていってんのよ」
 そう言いつつ放った霊夢の陰陽玉はレミリアへ向けて飛んでいく。
 霊夢も実際は狙えていないのだが、陰陽玉は自動でレミリアを追っていく。
 素早いレミリアはそれでも避けようとするが、霊夢の陰陽玉はどこまでも追っていく。
 やがて避けるのにも限界を迎え、陰陽玉はレミリアに当たった。

 ――かに見えたが、陰陽玉はレミリアに止められてしまった。
「お前のは威力が足りないぜ。ほら見ろ、止められちゃったじゃないか。」
「うるさいわね、疲れてるのよ」
 確かに威力は落ちているかもしれないが、それでも並の敵では止めることのできない威力は出ていた。
「どうしたの? あなたたちの力はこの程度なのかしら? 咲夜を倒したほどなんだから、こんなもんじゃないはずよね」
 レミリアはナイフを投げることをやめ、新たなスペルを発動した。

「今度は何だ?」
「何も起こらないわね」
 スペルを発動した後、一瞬辺りに静寂が戻った。
 今まですごい勢いでナイフが飛んでいたこととの差もあって、とても静かに感じられた。
「バグったのか? 今がチャンスだぜ」
 何も起こらないことを好機と見た二人は攻撃を加えようとしたが、その時突如として足元が光り出した。二人の足元には魔法陣が浮かび上がっていた。
「ひっ!」
 魔法陣は一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には『ドォン!!』と大きな音をたて、その魔法陣を描いている線のとおりに光線が天へと突き抜けた。
 当たっていればただでは済まなかっただろうが、二人は攻撃を加えようと少し移動していたので丁度魔法陣の線上にはいなかった、紙一重のところで難を逃れたのだった。魔理沙のホウキが少し焦げ付いてぶすぶすといっている。

「丸焼きになるところだったわね……」
 とてつもない魔力の壁だった。当たっていれば一撃だっただろう。
「残念。もうちょっとだったのに。でも、まだまだこれからよ。」
 魔法陣が次から次へと浮かび上がり光を放っていく。
 線の上にさえいなければ当たらないので一応避けることはできるのだが、大きく動こうとしても光の壁に遮られてしまうので、行動を制限されて何もできない。
 光の壁のせいでレミリアの姿も隠されてしまう。

『ドォン!! ドォン!!』
 次から次へと光の壁が天に登っていく。
 魔法陣に描かれているのは五房星。もしくは五角星形と呼ばれるそのシンボルは世界中で魔術のシンボルとして使われる。それは悪魔の印である。
 何か打開策がないものかと避けながら考えを巡らせていた霊夢。スペルを観察していると、魔法陣の光の壁の向こうから何か光るものが見えた気がした。
 それはナイフだった。レミリアがナイフを投げて来たのである。
 避けようにも光の壁のせいで動きが制限されているのでうまく避けることができない。
「ちっ!」
 霊夢は陰陽玉で辛くもそれを叩き落すことができた。
 しかし次のナイフは魔理沙の方向へと飛んでいった。陰陽玉も間に合わない。
 霊夢は焦った。魔理沙の魔法ではレミリアのナイフを全て叩き落すようなことはできないだろう。
「魔理沙! ナイフが行ったわよ!」
「心配するなよ。かえって相手の場所がわかって都合がいいぜ!」
 魔理沙は最後のスペルカードを取り出した。
「マスタースパーク!!」
 先程自分の命を救ってくれた八卦炉を前方に突き出すように構え。それをナイフの飛んできた方向へと向ける。
 炉の口へと魔力が集約されていく。
 そして、それが臨界を迎えたとき、
「何もかも吹っ飛ばしてやるぜ!!」
 魔理沙は魔砲を放った。
 すさまじい魔力のレーザーが、一直線にレミリアへと向かっていく。
 それはナイフなどおかまいなしに弾き飛ばしながらレミリアを襲った。

 超速の特大レーザーである。避けることはまず出来ないだろう。
「やったわ!」
「やっぱり弾幕はパワーだぜ」
 魔法陣の出現が収まった。魔理沙の魔砲はやはりレミリアに直撃したらしい。
 超威力の魔砲の直撃をくらってはただではすまないはずだが、
「けほっ…… 今のはなかなか痛かったわよ」
 なんと、魔理沙の魔砲をうけてもなお、まだ動けるらしい。
「私のマスタースパークでやられないとは、さすが親玉だな」
「でもかなり参っているようね、あと一捻りよ、すぐに楽にしてあげるわ」
 マスタースパークを持ってしても倒せはしなかったが、かなりのダメージは与えたように見える。

「このくらいで調子に乗られちゃたまらないわ」
 レミリアの表情が変わる。
 牙をむき出し、幼いながらもその表情はたしかに悪魔のものだった。
「でもあなたたち本当に強いわね。こんなに楽しいのは久しぶりだわ。いいわ、私の本気を見せてあげる」
 そう言ってレミリアがスペルを発動させた瞬間、世界が変わった。

 辺りは紅一面の世界となった。
 いや今までもそうだったのだが、もっと紅い、夜の暗闇さえも塗りつぶすような紅い異空間が展開されていた。
 今までよりもさらに強い魔力がそこら中にただよっているのをひしひしと感じる。
「紅色の冥界。この中では私の力はさらに強力になるわ」
「こりゃ、いよいよマズイかな…… もうマスタースパークは撃てないぜ」
 魔理沙のスペルカードは先程のマスタースパークで使い切ってしまったのだ。
「さぁ、いくわよ! 最後まで楽しませて頂戴」
 レミリアは、さらにスペルカードを発動させる。
「まったく! 何回スペル使ってんのよ! 不公平じゃない?」
「文句も言いたくなるのもわかるがな、来るぜっ!」
 レミリアが大小さまざまな紅球を放ってきた。とても速度の速い弾だ。速い弾ばかりでなく緩急もつけて放ってくるのが質が悪い。遅い弾が残っているうちに速い弾がそれを追い越すようにして放たれ、それが弾幕の高い密度を生んでいるのだった。
「こんなの、避けるので精いっぱいだぜ。霊夢! お前なら何とかなるだろ。何とかしろ!」
「言われなくてもやってやるわ! 私の陰陽玉からは逃れられないでしょ!」
 霊夢は陰陽玉を放った。それはまっすぐにレミリアの元へと向かっていく。
 しかしレミリアはそれを避けるそぶりも見せなかった。スペルに集中しているあまり動けないのだろうか。

 そして、陰陽玉がレミリアの眼前へと迫る。
「やったか?」
 レミリアに陰陽玉が当たったその瞬間。
 いや、正確には当たったかに見えた瞬間であるが、レミリアは無数のコウモリへと変化し、散った。
 陰陽玉は目標を失い霊夢の元へと戻ってきた。

「何よそれ! 卑怯じゃない!」
 レミリアはすぐに元の姿へともどり、攻撃を再開してきた。もちろん、その姿に陰陽玉による傷はなかった。
「あら、あんまりね。あなたのそれも十分卑怯だと思うわよ」
「何度でもやってやるわよ!」
 霊夢は続けて陰陽玉を放ってみたが全てコウモリ化して避けられてしまった。魔理沙の攻撃も同様である。

 しばらくそんなことを繰り返していたが、
「そうだわ!」
 霊夢が、何か思いついたようである。
「なんか思いついたのか?」
 霊夢はレミリアに向けて陰陽玉を放った。しかし、避けられたのはいつも通りである。
「なんだよ、同じじゃないか」
 レミリアがコウモリ化して攻撃が止んでいる隙に、霊夢は魔理沙のもとへと駆け寄った。
「なんだよ、かたまったら避けにくいだろ」
「ちょっと聞きなさい!」
 何やら魔理沙に耳打ちをする霊夢である。

「……なるほど、やってみるか」
 話し終わるか終わらないかのうちにレミリアは実体化していた。
「あら? 二人一緒に死にたいのね」
 そして二人に向けて紅球を放ってくる。
「わかったわね魔理沙!」
 二人は弾けるようにして二手に別れ、迫っていた紅球をかわした。かなりぎりぎりのタイミングであった。
「残念。惜しかったのに。往生際が悪いわね」
 そして二人はしばらくの間紅球を避けることだけに専念していたが、
「行くわよ、魔理沙!」
 霊夢は陰陽玉を放った。

「何度やっても無駄だっていうのがわからないようね。あなたたちの攻撃は私には当たらないわよ!」
 同じように霊夢の陰陽玉はコウモリ化して避けられてしまう。
 そしてすぐに実体化するレミリア。
 だが、なんとすぐ近くに魔理沙が回り込んでいた。
「くらいな!」
 魔理沙の魔法がレミリアに直撃する。
「やったぜ!」
「実体化した直後を狙うっていう作戦はうまくいったみたいね」
 コウモリ化から戻った瞬間に、一瞬だけ隙が生じていたのを霊夢は発見したのだった。
 それを狙って自分が陰陽玉を放ち、レミリアがコウモリ化してそれを避けている間に魔理沙が至近距離からその強力な魔法を当てるという作戦だった。
 その霊夢の作戦は功を奏し魔理沙の魔法も確かに直撃したのだが、マスタースパークにも耐え切ったレミリアである。それくらいではまだ倒れない。
「あなたたち本当に強いわ。ここまで私を追い詰めるなんて…… そんなチームワークまで持っているとは思わなかったわ」
 レミリアにはこの二人はあまり噛み合っていないように見えたのだが、そんなこともなかったらしい。
「でも、これで最後よ。次のスペルで終わらせてあげる」
 レミリアは最後のカードを発動させた。
「まだ何かあるのかよ!」
「でもこれで終りみたいね。疲れたから早く帰りたいわ」

「レッドマジック!!」
 今度のスペルでも、レミリアは紅球を放ってきた。
 先程のスペルに比べ、早さはないが、密度が比べものにならなかった。
 四方八方から紅球が迫って来る。
「どうやったら、こんなスペル唱えられるんだ……」
「避けるところがないわよ!」
 先程のスペルは直線的な攻撃だったが、今度は不規則な動きをしていて読みづらい。
 二人はじわじわと追い詰められていき、そしてとうとう囲まれてしまった。

「あはははは! もう逃げられないわね!」
「まだよ!」
 霊夢は、こちらも最後のカードを取り出した。
「封魔陣!!」
 霊夢はスペルを発動し結界を張った。
 残念ながら結界の広さよりもレミリアは遠いところにいるので、スペルをかき消すことは出来なかった。
 一時的に何とか逃れたものの、状況は変わってはいない。紅球に囲まれたままである。
「あら、そんな便利な技も持っているのね。いいわ、いつまで持つかしら?」
 紅球が四方八方から次々と結界に当たってくる。

「おい、霊夢。どうするんだよ」
 霊夢は必死に結界を支えているが、その額には汗が浮かんでいる。
「私は支えるだけで精いっぱいよ! あんたがなんとかしてちょうだい!」
 結界の大きさが心なしか小さくなってきている気がする。いつまでも持つものではなさそうだ。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしら? どうにかしてごらんなさい!」
 レミリアは疲れた様子を見せない。攻撃は衰えることを知らず結界を叩き続けている。
「どうにかって言われてもな。もうスペルカードはないぜ……」
 霊夢のスペルカードも魔理沙のスペルカードももう無い。
 魔理沙は何か打開策が無いかと考えている。
 だが、その間にも結界がいよいよもって薄くなってきた。
 全ての方向から紅球が襲ってくるので逃げることはできない。

「もうやばいわ! 魔理沙、早くなんとか!」
「そう言われてもな…… 何か、何かないか……」
 魔理沙は実は霊夢よりも冷静な人間である。この状況でも落ち着いて辺りを見回し何か打開できるものがないか探した。

「!!」
 そして、とうとうそれを見つけた。
 起死回生となる一つの希望を。

「霊夢。そのまま下へ移動できるか?」
「できるけど…… もうあんまりもたないわよ!」
「もうちょっとがんばってくれ! 私がなんとかしてやる!」
 霊夢は下への移動を開始したが、結界を維持するのにかなりの集中が必要らしくその動きは遅い。
「もうちょっとだ……」
「何? 逃げるつもり? ふふっ、無様ね。 でも、逃げる前にその結界はもう消えそうよ」
 レミリアの紅球の勢いは止まらない。
 霊夢の結界はさらに小さく薄くなり、もう消えてしまいそうだ。
「だめ! もうもたない!」
 霊夢はその力を使い果たし、がくりと膝を折ってしまった。
 結界が消えてしまった。

「大丈夫だ。間に合ったぜ霊夢」
 魔理沙は勝ち誇った顔で高々とそれを掲げていた。
 一枚のスペルカードを。

 魔理沙が見つけたもの。それは、一枚のスペルカードだった。
 そのスペルカードは咲夜のものである。
 館の外に出てきた時、最後に使う前に力尽きたのだろう、咲夜の傍らにそのスペルカードは落ちていたのだった。
 
 レミリアに向けた八卦炉から光が洩れ出している。
 魔理沙は高々と叫んだ。

「マスタースパーク!!!」

 夜を切り裂くその魔砲は、レミリアの紅球をまきこみながらレミリアを飲み込んだ。

「やったわ!」
 魔理沙の魔砲が収まった時、そこには何も残っていなかった。
「や、やり過ぎたか……? どうもこの魔法は手加減ができないからな」
「どうでもいいじゃないの、あんなやつ」

 だが、二人が勝利の安堵に浸ろうとしていたその束の間、二人の周りに紅球が再び出現し始めた。
「何っ?!」

「うふふ、残念でした」
 コウモリが集まっていき、レミリアがやはり無傷で現れた。
「一回見ていなかったらさすがに避け切れなかったかもしれないわ。あなたのそのスペルは素晴らしいわよ、褒めてあげる」
 そう言って小さく拍手をするレミリア。
「でも、もう一歩足りなかったわね」
 そして、辺りは再び紅球によって埋め尽くされていった。
「そんなことって……」
「もうお手上げ……かな……?」
 スペルカードは、もう二人とも持っていない。今までの戦いでの疲労ももうピークに達していた。
「さて、そろそろ夜も明けそうだし。この戦いもそろそろ終わりにしましょう」
 レミリアの右手が上がった。
「じゃあね、バイバイ」
 そして、それが振り下ろされる。

 周りの紅球が一斉に二人に殺到し、二人はなすすべも無くそれに飲み込まれていった。
 二人は倒れ、そしてもう動くことは無かった……

「こんなに力を使ったのも久しぶりだわ」
 大きく伸びをして、レミリアはあくびを一つ。
「ふあぁ……疲れたわ。部屋に戻って寝ましょ」
 レミリアは館の中へと戻ろうとした。

 だが、その時、
「遊びはまだ終わりじゃないわよ」
 後ろから霊夢の声が聞こえた。
「え……?」
 レミリアが振り返ると、今しがた自分が倒したはずの二人の人間がまるで何事も無かったかのように起き上がってそこにいた。
 何故か最初に会ったときよりも元気にさえ見える。

「な…んで……」
 レミリアは驚愕の表情である。止めを刺しもらしたはずは無かったのだが……
 そして、そのレミリアの疑問に二人が応える。

「コンティニューよ」
「人命はコインいっこで買えるんだぜ」

 それからはあっけないものだった。
「さあ、仕返しの時間よ」
「スペルも戻ったし、なんでもやり放題だぜ」
 コンティニューした二人は、もちろんフルパワーだ。
 そんな二人には、レミリアもさすがに歯がたたなかった。
「なんなのよそれー!」
 
 レミリアを倒すと幻想郷を包んでいた霧が収まっていった。
 霧が晴れると、その次には太陽がその姿を現し始めた。
 長い戦いの間に朝になっていたらしい。美しい朝日が二人を称えているようであった。
「ふー、終わったわね」
「ああ、霧も晴れたからこれでやっと暖かくなるかな。夏なのにこう寒いと調子がでなかったからな」
「さて、帰りましょうか」
「そうだな、私はお腹が減ったぜ」
 霊夢は神社へ、魔理沙は森へ、それぞれの家へと帰っていく。
 
 博麗霊夢と、霧雨魔理沙。この二人の人間によって、事件は解決された。
 幻想郷を包んでいた紅い霧もなくなり幻想郷にいつもどおりの夏が戻った。
 後に紅魔異変と呼ばれるこの事件の詳細は、これで終わりである。



<終章 紅より儚い永遠>

 しばらくの間姿を隠していた太陽も久しぶりに顔を見せ、幻想郷は快晴続き。
 幻想郷は平和のはずだった。

 魔理沙は今日も神社に遊びに来ていた。
「暑いぜ暑いぜ、暑くて死ぬぜ」
「死んだら、私が鳥葬にしてあげるわ」
「あら、私に任してくれればいいのに」
「お前に任すのは絶対にいやだぜ」
 神社には何故か、しかしいつも通り紅い悪魔がいた。

「あんた、そんなに家空けて大丈夫なのか?」
「咲夜に任せてるから大丈夫よ」
「きっと大丈夫じゃないから、すぐに帰れ」

 そのときである、3人を脅かす雷鳴がなったのだった。
「夕立ね」
「この時機に、珍しいな」
「私、雨の中歩けないんだよねぇ」

 しばらくたっても雨は降ってこない、外の様子を見ると明らかに不自然な空になっていた。
 幻想郷の奥の一部だけ強烈な雨と雷が落ちていた。

「あれ、私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」
「ほんとだ、何か呪われた?」
「もともと呪われてるぜ」

「困ったわ、あれじゃ帰れないわ」
「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」
「いよいよ追い出されたな」

「あれは、私を帰さないようにしたというより……実は、中から出て来ないようにした?」
「やっぱり追い出されたのよ」

「まぁ、どっちみち帰れないわ。食事(=人)どうしようかしら」

「仕方ないなぁ、様子を見に行くわよ」
「楽しそうだぜ」

 そうして、二人は紅い悪魔に神社の留守番を任せて、レミリアの館に向かったのだった。

 

直線上に配置